音響ミラー
はじめに
音響ミラーとは,音波を集めて増幅させる受動素子である.音響ミラーは,入力音信号を反射し集めることのできるsound hard素材からできた放物型に設計されていることが多い.音響ミラーは,レーダーシステムが発明されるまで,近付いてくる航空機を検出するために使われていた.近年では,設定の簡便さと信号処理[1]の効率のよさのため,音響ミラーは空力音響風洞で騒音測定をするために広く使われている.
この研究は,対のサウンドミラーでの音の伝播のシミュレーションを行うものである.不調和な音信号が散布したり再び集中したりするパターンを可視化するために,時間領域で音響PDEモデルを構築する.しかしフーリエ変換を使って,時間領域と周波数領域の両方でミラーの性能を数量化することができる.モデル化の過程では,メッシュの微調整および音源の設定の方法も示す.
このチュートリアルで使われている記号およびそれに対する単位は,用語集のセクションに要約してある.
音響についてのより一般的な理論については,「時間領域における音響学」に記載の情報をご参照いただきたい.
圧力音響モデル
この例では,音波の伝播を波動方程式(2)で記述することができる:
領域
この幾何学モデルでは,一対の放物型サウンドミラーを および でインストールする.各ミラーは幅 ,焦点距離 で設計する.左の放物ミラーの焦点には,単極音源がある.右の放物ミラーの焦点にはレシーバーがある.
入力信号が左の焦点から出ている場合,音波は左側のミラーで反射し,ミラーが向いている方向に伝播し,音信号をもう片方のミラーに送る.入力波は右のミラーに届き,右のミラーは信号をレシーバーに向けて反射し再び集める.
2Dの矩形領域から対のサウンドミラーを除くことでシミュレーション領域を指定する.領域のプロットでは,実線はミラーの曲面をモデル化する壁境界を表し,破線は波が領域を離れる出力境界をモデル化する.
音源
このモデルでは,左の焦点に単極音源 が置かれ,時間不調和音入力としてガウス微分パルスが使われる.次のセクションで示すように,ガウス微分パルスは滑らかな有界の周波数スペクトルを持つため,解析に好まれる音源信号となっている.
時間領域における音響学チュートリアルで説明している通り,単極音源項 は次のように書かれる:
ここで は音源の位置における正規化されたディラックのデルタ関数である.
メッシュ生成
音響シミュレーションでは,音波の波長 は正確な数値解を得るために十分に細かいメッシュで解かなければならない.ここで について最大の辺長を3ノードに設定する.これは波の伝播の各方向における波長 について少なくとも3つの要素があるということを意味する:
時間調和波の場合, の計算は簡単であるが,複数の周波数を含む時間不調和波では(3)の波長 は明示的に指定されない.メッシュサイズ を決定する規則は各周波数要素が確実に解けるようにすることであるため,次の制約が課される:
最大周波数 を求める一般的な方法は,入力信号をフーリエ変換で週は周波数領域に変換するというものである.
入力信号はほぼ周波数領域に限られていることが分かるため,解くための最大周波数に が選ばれる.
初期条件と境界条件
音信号は不かく乱領域から始まるので,初期音圧 とその導関数はゼロに設定される.
この例には2つのタイプの境界条件が関わっている.出力音波をモデル化するために外側の境界上に吸収境界条件を設定する.
音響ミラーの壁境界には,デフォルトのsound hard境界条件が使われる.
PDEモデルを解く
音響ミラーによって波が散らばったり集まったりする過程を調べるために,シミュレーション時間を に設定する.PDEモデルは有限要素法を使ってNDSolveValueで数値的に解く.
このシミュレーションを評価するためには,通常のRAMメモリよりも大きい量が必要である.十分なメモリのないコンピュータではこのシミュレーションは動作しない可能性がある.
後処理と可視化
音圧分布
音響ミラーの効果を分析するために,まず時間領域における音の伝播を可視化する.
アニメーションの質を向上させる方法はここに記載してある.
まず,左の焦点の単極音源がすべての方向に音波を放射する.波の左の部分がミラーに当り,右に行く平面波を形成するよう反射される.波が右のミラーに到着するともう一度反射されレシーバーに向かって集約される.
音響ミラーの性能を数量化するために,レシーバーでの音圧レベルをミラーがない場合,つまり自由空間の散乱波と比較する.
最初に両方の場合で音信号の移動時間を決定する必要がある.自由空間の伝播波の場合,レシーバーに届く時間は で計算される.しかし音響ミラーの場合は,信号を再集約する移動時間は反射があるために延長されるので で与えられる.
移動時間が計算されると,自由空間の散乱波[4]の圧力場は次によって解析的に計算することができる:
ここで は入力信号を表し, は音源とレシーバーの間の距離を表す.
音信号はミラーのない場合(オレンジ色の線)と比べると,音響ミラー(青い線)によってよりよく保存されている.ミラーの効率性はミラーの幅を広くすることでさらに高めることができる.
増幅率 を計算することによってミラーの性能を数量化する.ここで は信号の最大音圧を表す.
自由空間の散乱波比較すると,音響ミラーのある音信号はレシーバーにおいて約3倍拡大されている.
音圧スペクトル
音響PDEモデルは不調和音入力のシミュレーションのため時間領域で構築されるが,周波数領域で音響ミラーの効果を調べることもできる.このためには離散フーリエ変換(DFT)を使って過渡音信号を周波数スペクトルに変換する.周波数成分の分布を可視化するために,音響ミラーの性能を選ばれた周波数範囲で示すことができる.
離散フーリエ変換を適用するために,音響信号は音圧値の離散リストにサンプルされる.
別のチュートリアルの説明にあるように,離散フーリエ変換は対応する周波数要素 を持つ 個のフーリエ係数 を生成する.フーリエ変換の周波数分解能は で与えられる.
しかし,周波数範囲がのとき,データ長 は結果として粗い分解能 となり,解析には使えない.周波数分解能を向上させるために, のとき時間領域データを零点で拡張する.この方法[5]は「ゼロパディング」とも呼ばれる.
周波数分解能 を得るためには.拡張されたデータ集合の長さは 個の点を持たなければならない.
音響ミラーでは,再度焦点に集まった音波のスペクトルは 付近の中心あたりに集められる.つまり,音響ミラーは入力信号の中心の周波数成分を保存するが,高周波数あるいは低周波数のものは失う傾向がある.スペクトル[6]の両側の増幅を増大させるためにはより幅広いミラーを使うことができる.また,音源の位置に基づいてミラーの曲率を調整することもできる.
用語集
記号 | 説明 | 単位 |
ρ | 密度 | [kg/m3] |
c | 音速 | [m/s] |
p | 音圧 | [Pa] |
t | 時間 | [s] |
X | 位置ベクトル | [m] |
F | オプショナルの二重極音源 | [N/m3] |
Q | オプショナルの単極音源 | [1/s2] |
w | ミラーの幅 | [m] |
a | 焦点長 | [m] |
L | 分離距離 | [m] |
Γwall | 壁境界 | N/A |
Γout | 遠方場境界 | N/A |
Ω | 計算領域 | N/A |
Ωrec | ミラーなしの計算領域 | N/A |
τ | 半パルス幅 | [s] |
Xs | 音源位置 | [m] |
h | メッシュ間隔 | [m] |
λ | 音波長 | [m] |
f | 音波周波数 | [Hz] |
ω | 音波の角周波数 | [rad/s] |
tfree | 自由空間信号の移動時間 | [s] |
tfree | 再焦点化信号の移動時間 | [s] |
ui | フーリエ係数 | N/A |
fi | 周波数成分 | [Hz] |
d f | 周波数分解能 | [Hz] |
参考文献
1. Ihlenburg, Frank. The Medium-Frequency Range in Computational Acoustics: Practical and Numerical Aspects. Journal of Computational Acoustics, Vol.11, No. 2 175-193, 2003.
2. Helfer, Martin. Sound Source Localisation with Acoustic Mirrors, 2009.
3. Lindsten, Fredrik. A remark on zero-padding for increased frequency resolution, 2010.
4. Russell, Daniel, Titlow, Joseph and Bemmen, Ya-Juan. Acoustic monopoles, dipoles and quadropoles: An experiment revisited. American Journal of Physics 67, 660, 1999.