電磁気学

目次

はじめに

このモノグラフでは,電磁気学の概要を説明する.工学的見地からの電磁気学は,電気,磁気,または電磁気(EM)現象を含む装置の解析と研究を指す.このような装置は電気機械,コンデンサ,導波管,アンテナ等の多様な分野のものである.これらの装置はそれぞれ異なる特徴を持つが,基本的にすべてマクスウェル方程式で表すことができる.マクスウェル方程式は空間の電場および磁場の挙動を記述する基本なので,この方程式が電磁気装置のモデリングの構成要素となる.

多数の分野では電磁気学の定式化を考えることはないだろう.しかし電磁気学の部分的な分野は使わており,そこで仮定が使われ,静電気学や静磁気学等のマクスウェル方程式の簡約につながっている.このような簡約された方程式は通常ベクトル場かポテンシャルかその両方に基づいている.

このノートブックは電磁気学の理論の概要を説明するので,最後に電磁気学の基本と使われた定式が読者に理解されることを願う.定常状態の電場または磁場について解きたいのか,時間変化の電場・磁場について解きたいのか,電磁場全体について解きたいのかによって,選ぶ支配方程式も異なる.このノートブックの主たる学習要素は,さまざまなアプリケーションを個々の部分分野で使う方法を学ぶことである.

特定の装置のモデル化の方法が分かったら以下のモノグラフを見るとよい.これらはより特化されており,特定の電磁解析のための理論,方程式,境界条件が詳しく説明されている.それぞれのモノグラフではトピックに関連した基本的な例も与えられている:

扱われる領域は,今後のWolfram言語のバージョンで説明される.

以下のセクションでは,マクスウェル方程式,構成関係,ポテンシャル,フェーザ表示,境界条件等の電磁気学の要素に共通の一般的な背景に焦点を当てる.

この概要の重要な点は,特定の応用分野についての最適なモデリングアプローチを見付ける方法を提示することであり,詳細は電磁気学モデリングの種類セクションで説明する.

マクスウェル方程式

ここで解く偏微分方程式はマクスウェル方程式である.これは電磁場とそのソースとの間の関係を記述する時間と空間における偏微分方程式系である.この方程式は電荷と電流が存在するときの場の挙動を記述し,微分ベクトル演算子を使って短い形式で書くことができる.

マクスウェル方程式は以下で与えられる:

ここで は勾配演算子, はドット積, はクロス積である.ベクトル値の数量はすべて太字である. []および []はそれぞれ電場の強さと磁場の強さである.[]は電束密度,[][]は磁束密度(磁気誘導とも呼ばれる)である.流束密度はある領域を通過する流れのことである.[]は電荷密度,[]は電流束密度(電流密度と呼ばれることが多い)であり,それぞれ電場と磁場のソースを表す.このモノグラフではすべてSI単位を使う.

このモノグラフでは,明示的に記号名を指定しないで電場や磁場という言葉を使うときは, および のような場のいずれかを指す.その場合,特に言及する場は重要ではない.

もう一つの基本の方程式は連続の方程式として知られ,以下である.

これらの方程式が解けるようにするためには,電磁場と媒質の相互作用を指定するオームの法則等の構成関係も必要である.

構成関係

構成関係は材料特有の物理量の間の関係であり,媒質のマクロ的性質を記述する.つまり材料特性を指定することで場のベクトル の間の関係が構築される.

最初の構成関係は以下で与えられる:

ここで は電気定数[],第2項 []は分極ベクトルである.

2つ目の構成関係は以下である:

ここで は電気定数[], []は磁化ベクトルである.

または となるように磁気分極 [][]を定義することもできる.磁気分極と磁化ベクトルの関係は で与えられる.

どちらにしても材料は電場や磁場がないときでもそれぞれ非零の を持つことができる.非零の を持つのは永久磁石の場合である.

最後の構成関係は,オームの法則で与えられる電場 と電流密度 の関係である:

ここで は媒質の電気伝導率[]である.

線形構成関係

線形材料の特別で重要な場合として,分極ベクトル と磁化ベクトル が磁場の強さ,電場の強さと正比例することがある.その関係は以下で示せる:

ここで無単位の因子 は電器感受率と磁化率である.このような線形材料の場合,構成関係は方程式1234に挿入することで得ることができる:

ここで無単位の []はそれぞれ比誘電率,絶対誘電率であり,無単位の []は比透磁率,絶対透磁率である.

一般に は空間変数またはその他の変数に依存するテンソルであるが,材料によっては簡約されたよい近似が利用可能であり手元の材料に依存する.以下に特別な場合を挙げる:

最も一般的な場合,構成関係は非線形である.つまり透過性,伝導性,誘電率はそれらが関連付けられている場に依存する:

構成関係のまとめ

以下の表にEM場を記述するのにつかわれる主な数量と構成関係をまとめる.

電磁気学とその構成関係におけるベクトル場の数量を指定する表.

電磁気学モデリングの種類

完全なマクスウェル方程式を解くことは,CPUとコンピュータメモリの使用量の点において計算量が非常に多い.したがって通常はより効率的な解法を可能にする簡約された方程式を導く妥当な過程を使用する.このノートブックの目的は,これらの方程式を示し,どのようなときにどの方程式を使うかというガイダンスを提供することである.このような簡約された方程式は通常ベクトル場,ポテンシャルまたはその両方に基づいている.

従属変数

特定の場合,マクスウェル方程式はスカラー電位 [],磁場のベクトルポテンシャル [],磁位 []について簡約し,再定式化することができる.

スカラー電位 は以下の方程式で電場の強さに関連付けられる:

便宜のため,また慣習で負の記号が付いている.

時間依存の電場を表すために(5)と同じスカラー電位を使いたい場合は,追加の項が必要である:

磁場のベクトルポテンシャル と磁束密度 の関係は以下の方程式で与えられる:

最後に,自由電流がない場合 や静的条件下では,スカラー電位 と同様にスカラー磁位 を定義することもできる.スカラー磁位 は以下のように定義することができる:

これらは実際に「静電気学」と「電流」モノグラフで導出しているが,ここではそれがあるということだけを知っておけばよいだろう.

電磁気学決定グラフ

次にどのようなモデリングでどの方程式や関数を使えばよいかについての大まかな方法を説明しよう.以下のフローチャートは電磁気学のシミュレーションへのアプローチ方法を決定する助けになる.これについて説明する.

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電磁気学のどのようなモデリングでどの関数を使えばよいかを大雑把に示したフローチャート.

最初の質問はシミュレーションが静的か過渡かということである.時間変化の入力がないため電場も磁場も時間とともに変化しない場合は,静的なシミュレーションということになる.

静的

ここでは直流(DC),静電荷,磁区によって生成された定常状態場を仮定する.ここでの大きな仮定は場が時間で変化しないということである.つまり ということである.その結果この静的な場合には電場と磁場はもはや結合しない.ファラデーの法則(方程式6)は と結合しない.

アンペールの法則(方程式7)は と結合しない.

したがって, とは関係なく について解くこともその逆も可能である.次の質問はどの場に興味があるかということである.

電場

関心のある構成関係によって,次から選ぶ:

静電気シミュレーションの概念は「静電気学」モノグラフで説明してある.ElectrostaticPDEComponentが静電気PDE項を生成する関数である.

静電流シミュレーションの概念は「電流」モノグラフで説明してある.ElectricCurrentPDEComponentが静電流PDE項を生成する関数である.

直流のシミュレーションが行われると,副産物として磁場が生成される.しかし磁場は動かないので,誘導電流は生成しない.その結果,定常電流が知られると,磁場は完全に特定され を使って後続のステップで計算することができる.これは静磁気学の場合として解かれる.

磁場

スカラーの磁位方程式は以下で与えられる:

磁場のベクトルポテンシャルは以下で与えられる:

過渡電流

場が時間で変化する場合は時間依存解析を行う必要があある.まず磁場および電場が準静的な近似でモデル化できる,または電磁波として扱うことができるならば,低周波数領域と高周波数領域のどちらを構築するかをチェックする.

過渡方程式は通常周波数領域または時間領域で定式化できる.周波数領域のシミュレーションの方が速いため,利用可能な場合はこちらの方が一般に好まれる.周波数領域と周波数レジームを混同しないように気を付けなければならない.周波数レジームは装置が低周波数レジーム,高周波数レジームのどちらで動作するかを分類し,周波数領域は効率的なシミュレーションを可能にするシミュレーション手法である.

周波数レジーム

低周波数では電磁放射は無視できる[Humphries, 2010].つまり電場と磁場が完全には結合されていないため,無視できる時間微分項もあり,方程式が簡約されるということである.これを準静的という.

準静的近似は十分に時間のかかるものであり十分に次元が小さいため,物体の大きさ に速度 で電磁波が伝番するのに必要な時間は関心のある合計シミュレーション時間 に比べると短い:

ここで比 は電磁波が長さ に伝搬するのに必要な時間である.

方程式8は波長 について再定式化することができる.この場合,波長 が物体の大きさ よりもずっと大きければ電磁放射は無視できる:

波長は で与えられる.ここで は波の相位速度(単位[])であり は波の周波数(単位[])である.角周波数と で関連付けられる.まとめると,電磁波の波長が物体の特性サイズよりずっと大きい()場合,低周波数レジームだということが言える.

物体の特性サイズ が波長の何分の一かに近付く()と,高周波数レジームであり電磁波方程式を使う必要が出てくる.

次に低周波数レジームと高周波数レジームについて詳しく説明する.

低周波数レジーム - 準静電界

低周波数の場合は,電場だけを考慮すればよいのか,電場と磁場の両方を考える必要があるのかを調べる.そのためには装置の表皮深さ []を計算し,それを装置の特徴サイズ []と比較する.

準静電界

材料の表皮深さが装置の特徴サイズよりもかなり大きい()場合,磁気効果は無視することができる.表皮効果が無視できるので誘起効果が無視でき,磁束密度 を考える必要がないので,以下の方程式を使うことができる:

この式を使うと電位 静電近似を使うことができる.明確にすると,であるが,誘起効果がわずかなのでこのアプローチではこれらは無視される.そのため上の方程式では近似記号を使っているのである.

準静電界シミュレーションの概念は「電流」モノグラフで詳しく説明してある.ElectricCurrentPDEComponentが周波数領域および時間領域両方の電流PDE項を生成する関数である.

準静磁場

材料の表皮深さが装置の特徴サイズよりもかなり小さい()場合,関心の中心が磁場である場合,誘起効果を生成する電場がある場合は,準静磁場解析を実行する.

導体の交流電流は副産物として磁場を生成する.この磁場は渦電流という二次的電流と二次的な電場を誘発する.これらは無視できない誘起効果であり準静磁場解析で扱える.

表皮深さが特徴サイズ と同じ,またはそれより小さい()場合,これらの誘起効果は重要であり電場と磁場の両方を考慮する必要がある.

この場合,以下の方程式を使う:

ここで である.

ここで である.

マクスウェル・アンペールの法則の変位電流 を放棄することは,準静磁場近似で利用する簡約化である.そうしないと,高周波数のセクションで示すように電磁波方程式をモデル化することになる.

高周波数レジーム - 電磁波

物体 の特性サイズが波長の一部,例えば に近付く場合や,以前の分類のどれも当てはまらない場合は,高周波数レジームを考え,完全な電磁波の場合を解く必要がある.

高周波数を扱うとき,電磁放射を介してエネルギーが伝搬される.この種の放射は電場と磁場の同期振動からなり,空間を通過してエネルギーを輸送する.

ここで従属変数は電場の強さ E である.方程式を解いたら, を使って後続のステップの磁束密度 を計算することができる.

ここで従属変数は磁場のベクトルポテンシャル である.

表皮深さ

場が時間とともに変化する場合,指定された材料で装置の表皮深さを計算し,どの方程式を解くのが適切かを決定する.表皮深さの値によって,電場だけを考慮すればよいか,磁場も考慮に入れるべきかを理解することができる.表皮深さは,後で説明する表皮効果にも直接関係している.

特性サイズ []と比較した表皮深さ []によって,磁場も考えるべきかどうかが分かる:

表皮深さは電磁波がどれだけ深く媒質に侵入するかを測定したものである.伝導体の場の強さがその深さに従って指数関数的に減少するということが表皮効果と呼ばれるものである.この効果は磁場と関連する交流電流が伝導体の表面付近に閉じ込められる傾向にあることを記述しているため,場への侵入の深さを制約する.つまり,磁場がモデルに存在する場合,表皮深さ よりずっと大きく,伝導体を通過する電流には影響を及ぼさないということである.

表皮深さ は一般にどの材料媒体についても有効であるが,表皮深さの概念が最もよく使われるのは伝導体である.伝統帯では表皮深さ は以下の方程式で近似される:

ここで は波の角周波数, は磁気定数, は透磁率, は材料の伝導率である.表皮効果は以下の図で示す.

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図1.円形導体の横断面で示された電流の分布.交流電流の場合,電流密度は表面から中心に向かって指数関数的に減少する.表皮深さ は,電流密度が導体の表面の値のわずか1/e となる深さとして定義される.

このように場の大きさが指数関数的に減少することは以下の釣合いで表すことができる:

ここで は表皮深さ, は侵入深さである.換言すると,表皮深さは,場の強さがの割合で減衰される距離を定義する.

例として半径が []の銅線による半径が []の閉ループがあるとする.この閉ループは一様であるが可変の周波数磁場に晒される.銅の透磁率は ,伝導率は []である.物体の特性サイズ は銅線の半径 []であり,表皮深さ に依存する.

さまざまな周波数を設定する:
[],0 [], [], [], []における表皮深さを計算する:
表皮深さに対する物体のサイズの比 を計算する:
磁場を考慮する必要がある周波数を見付ける:

通常,表皮深さに対する物体の大きさの比 以上()の場合,電場と磁場の両方を考慮することをお勧めする.

等の低周波数の場合,表皮深さ は物体の大きさ と比べて,比較的大きい.この場合は準静電解析で充分である.

周波数領域と時間領域

ここでは周波数領域解析と時間領域解析を別々の解析として区別している.時間領域解析は最も一般的な解析であるが,それと同時に慶安的に最も高価であるため避けたい.時間領域解析は通常,装置の励起が時間によって任意に変化する場合に使われる.別の方法が周波数領域解析である.

周波数領域シミュレーションを利用することができるためには,さまざまな条件が満足される必要がある.その一つに,装置の励起が高調波でなければならないというものがある.高調波挙動は定周波交流(AC)入力によって引き起こされる.また,装置の応答は正弦曲線状に変化し,同じ周波数のままでなければならない.この最後の条件は,材料特性が場の強さについて一定のままである線形材料の系でのみ満たされる.これ以外の場合は時間領域解析が必要である.

時間領域では,場は時間によって任意に変化することができる.非線形材料を扱っている場合や,孤立したパルス等の非高調波時間依存入力を解析しなければならない場合は,時間領域シミュレーションを考慮する[Humphries, 2010].

一般に,時間領域のシミュレーションは,周波数領域や定常状態のシミュレーションよりも時間やコンピュータメモリ等の計算リソースをより多く必要とする.

フェーザ表示

特定の周波数を持つ正弦関数として表すことができる場は,時間調和と言われる.任意の空間位置 での大きさの変化が角周波数 との正弦波時間依存性を持つ場合,電磁場は時間調和と言われる.

高調波電場 の一般的な式は以下で書かれる:

ここでは指定された位置における振幅,における初期位相シフトである.

解析的な簡便性のため,時間調和関係(9)は複素指数表現(CER)またはフェーザ表示として知られる複素形式で表されることがよくある:

ここで は虚数単位で,に等しい.

便宜上,フェーザ表示は単純に以下のように表される:

ここで複素数値の式の実部は実数関数 を表すと暗示的に解釈される.

フェーザ表示は複素平面の回転ベクトル として理解することができる.以下の図はこの挙動を表している.

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回転ベクトル は複素振幅関数として知られる.振幅関数 は角周波数 で反時計回りに回転する.指定された時間 において,実軸への の投影は過渡的電場 を表し,ベクトル長は局所的振幅に当たる.

振幅関数とその複素共役をそれぞれ および で表すと,局所的振幅は以下で計算することができる:

フェーザ表示は線形系にのみ適用できるため,研究中の場に依存することのできる材料特性はない.非線形材料の場合は系を時間領域で解くことが必要になる.

用語集

参考文献

1.  Cardoso, J. R. (2018). Electromagnetics through the finite element method. Boca Raton: CRC Press.

2.  Humphries, S. (2010). Finite-element Method for Electromagnetics. Field Precision LLC.

3.  Jackson, John D. Classical Electrodynamics. New York :Wiley, 1999.

4.  Jin, Jian-Ming. The finite element method in electromagnetics. John Wiley & Sons, 2015.

5.  Sadiku, M. N. O. (2011). Elements of electromagnetics (5th ed.). Oxford University Press.