触媒失活のマイクロスケールシミュレーション
はじめに
触媒とは,それ自身は変化せず,化学反応速度を速める物質である.触媒は消費されないが,二次過程によって失活することがある.一般的に2種類の触媒失活がある.1つ目は触媒の反応,つまり反応速度を速める機能の損失である.2つ目は選択性,つまり時間の経過とともに,特定の生成物を生成するための反応を指示する機能の損失である[1].不十分な触媒反応および選択性を避けるためには,触媒の失活を理解し監視する必要がある.この研究では,多孔構造内の気-固触媒のシミュレーションを実行し,時間の経過に伴う失活過程をモデル化する.
この研究で扱う触媒失活のタイプはコークス蓄積によるものである[2].この場合,コークスが触媒サイト に蓄積し,触媒の反応を低下させる.このモデルでは気相の反応物 が触媒粒子の多孔構造に渡され,気相生成物 に変換される.この生成物は二次過程として触媒と反応し,触媒サイトにコークス を形成する.このコークス蓄積は最終的に触媒サイトを失活させ,サイトで可能な反応速度を衰えさせる.
は反応物,
は触媒サイト,
は生成物,
は蓄積コークス,
は反応速度定数である.
触媒の微細構造の多孔特性を表す現実的な図形を構築するために,触媒粒子の実際の顕微鏡画像を使う[3].
触媒粒子はほぼ球形と想定される.そのため,反応物の濃度は半径 に伴って減少する.対称性のため,シミュレーションには触媒粒子の2Dのカットアウトを使ったので十分である.
このモデルでは解部の液体流れがないと想定する.これは反応物 が拡散のみよって輸送される,つまり対流物質移動がないことを意味する.
触媒失活のレベルを測定するために,触媒サイト に蓄積するコークス の量を計算する.コークス濃度の正味増加量は,触媒粒子の多孔構造上で積分することによって計算される.
ここで はコークス の局所濃度を,はコークス の平均濃度を表す.
ここで使うシンボルとその単位は,用語集セクションにまとめてある.
物質輸送/化学反応解析についてのより一般的な理論的背景は,物質輸送に記載の情報をご参照いただきたい.
物質輸送モデル
物質輸送モデルの濃度分布 について解くためには非保存物質輸送方程式(4)を使う:
は輸送される種の濃度,
は種の拡散率,
は物質生成/消費の速度,つまり種の体積反応速度である.
ここで および はこの2段階プロセスの反応率定数である.まず,反応物 ,触媒サイト ,結果の生成物 の濃度上昇のシミュレーションを行う.一旦 ,, の濃度プロファイルを計算したら,(5)の反応の第2段階に基づいてコークス の蓄積について解く.
第1段階の間に, として表される反応物 の濃度 は,生成物濃度 の上昇に反して減少する.触媒サイト は第2反応でのみ消費され,コークス濃度 が上昇する.
触媒反応を一次反応[6]とする.つまり,反応するそれぞれの種の反応速度 は関係する反応物の濃度に線形に比例すると言うことである.
速度定数 および の値は文献[7]から推定されたものである.
このモデルでは,外部の流体流れは関わっていないと想定する.すなわち(8)の物質対流項はゼロに設定され,物質は拡散によってのみ輸送されるということである.
反応項は,"MassSource"項の代りに"MassReactionRate"モデルパラメータを使ってもよくモデル化できる.その場合従属変数は反応速度で因数分解し,方程式の符号を負にする必要がある.どちらにするかは好みの問題である.
領域
このモデルでは,触媒反応は粒子表面から粒子の核に向かって均一に起る.したがって,方位角方向 と極方向 の種濃度の変化は無視することができる.このため,3Dの触媒粒子を表すのに2Dモデルで十分である.ここでは触媒粒子の左下の四分の一をモデル領域として使う.
触媒の微小構造を表す現実的な立体を構築するために,触媒の顕微鏡画像を使う[9].この画像は気相領域(白で表示される部分)と固相領域(黒で表示される部分)を区別するために,二値化する必要がある.
二値化された画像には精細に解像された触媒の境界がある.この画像をメッシュに離散化すると,多数の要素が想定される.多数の要素ではランタイムが長くなりメモリ使用量も多くなるため,この領域の簡略化を考えた方がよい.機能削除は,もとの構造の重要な特性を保存しながらも,正確さが劣る触媒領域を利用することで行う.領域の簡略化およびその構築についての詳細は,付録セクションの簡略化されたモデリング領域の構築で述べる.正確さのために,もとの領域を使う.
次に,有限要素法を適用するために,二値化された画像をメッシュ領域に変換する.
現実的なスケールで触媒反応をモデル化するために,領域を[10]で測定された触媒粒子の半径 に基づいてリサイズする.
完全な要素メッシュを生成するためには,気相領域と固相領域を食え別するための要素マーカーを設定しなければならない.これらのマーカーは,例えばシミュレーション領域の異なる部分における種の拡散率 等を指定するために使うことができる.
マーカーがいろいろな部分領域を特定できるようにするために,これらの部分領域にある座標を指定する必要がある.ここでは固相領域(触媒サイト )の座標を抽出する.
ここでは気相領域は白,固相領域は青で表示されている.この2つの部分領域は内部メッシュ境界で分離されている.
メッシュにおけるマーカーとその生成についての情報は要素メッシュの生成:マーカーに記載されている.
材料パラメータ
このモデルでは,反応物 および生成物 の拡散率は気体領域と固体領域の間で異なる.触媒サイト の拡散率は,定常特性を表すためにゼロに設定される.
効率的なPDE係数の設定についてのこちらのヒントも参照のこと.
初期条件と境界条件
では,反応物 と生成物 の初期濃度は領域全体でゼロである.触媒サイト は初期濃度で固相に閉じ込められる.
不連続な初期濃度 をモデル化する簡単な方法に,要素マーカーを含むIf文を使うというものがある.
しかしデフォルトの二次メッシュでは,不連続な初期条件は二次補間によって気-固界面の の値をオーバーシュート/アンダーシュートする可能性がある.この問題は有限要素法の使用上のヒントで説明してある.
正確性を向上させるために,代りに線形補間を使うことができる.このために,一次メッシュを作成し,一次ノードにおけるもとの(二次の)補間結果を抽出する.その値に基づいて線形補間を計算する.
この物質輸送モデルには,濃度境界条件,周囲流束境界条件,対称境界条件の3つのタイプの境界条件がかかわっている.
デフォルトの対称境界条件は対称軸に陰的に適用される.
濃度境界条件は開放表面上の反応物の供給 をモデル化するために使う.境界における反応物の不連続なジャンプを避けるために,時間の経過とともに供給される反応物を滑らかに上昇させるヘルパー関数を作成する.
触媒反応の間,生成物 は開放表面を介して自由にシミュレーション領域から拡散して出る.これは周囲流束境界条件でモデル化する.
PDEモデルを解く
G,S,Pの濃度場
前のセクションで述べたように,使用されている要素数が多いため,示されている通常の応用例よりも解を求めるのに必要なランタイムは長く,メモリ使用量は多くなる.自由度の数は要素数に比例し,PDEを解くのに必要な労力の尺度を与える.
3つの連立PDEがあるため,各時間刻みで個(反応物 ,生成物 ,触媒サイト )のノード値について解く.
反応の間,反応物 は触媒粒子の多孔構造に徐々に拡散されていき,生成物 に変換される.この生成物 は多孔構造内で反応し,触媒サイト にコークス を形成する.コークス蓄積は触媒サイトの濃度を低下させることにより,最終的に触媒サイトを失活させる.
上のプロットはRasterizeを呼び出して生成したものである.これにより,このノートブックが必要とするディスク容量が減少する.高品質のグラフィックスが得たい場合はRasterizeの呼出しをコメントアウトするとよい.
Bの濃度場
生成物 と触媒 の濃度場を計算したら,反応方程式に基づいてコークス蓄積 について解く.
固相コーク の定常特性を表すために,拡散係数を に設定すると方程式(11)は次のように簡約される.
コークス は時間の経過とともに,触媒粒子の多孔構造全体に徐々に蓄積する.コークスの蓄積のレベルを測定するために,平均のコークス濃度 の上昇を計算する.これは固相領域上で積分することによって行う.
付録
簡略化されたモデリング領域の構築
多数の要素が使われているため,このPDEモデルを解くのにかなりの時間とメモリが必要であった.要素数と時間/メモリ使用量を減らすために,領域を簡略化することができる.つまり,触媒領域の正確性は低下するが,もとの構造の重要な特性は保存したままである.
簡略化された領域を構築するために,二値化された画像の触媒の境界をDeleteSmallComponentsで平滑化する.
ここでとは簡略化のレベルを制御するパラメータであるが,モデリング領域の正確性を保存するために注意深く選ばなければならない.
簡略化された領域の方が触媒の境界が滑らかである.このため領域の離散化の間に要素数が大きく減少するのである.
メッシュ要素は322kから100kへと大きく減少した.これでモデルをとくときの時間とメモリ消費が少なくなる.
もとの領域からの結果(こことここ)と比較すると,触媒反応が多孔構造を通って内部領域に伝播するのに,わずかに長く時間がかかってる.これは粒子内の小さいチャンネルが平坦化され,より小さい拡散率を持った固相領域として扱われたからである.これにより,反応物 が通過することが難しくなっているのである.
用語集
参考文献
1. Bartholomew, Calvin H. Mechanisms of Catalyst Deactivation, Applied Catalysis A: General 212 17–60 (2001).
2. Wolf, E. E. and Alfani, F. Catalysts Deactivation by Coking, Catalysis Reviews: vol 24 329-371 (1982).
3. Ciesielski, P. N., Robichaud, D., Donohoe, B., Nimlos M., Microscale Simulation of Catalyst Deactivation during Gas-Phase Upgrading of Biomass Pyrolysis Vapors, Biosciences Center, National Renewable Energy Laboratory (2015).