静電駆動型MEMSデバイス

はじめに

この応用例では,微小電気機械システム(MEMS)をモデル化する.MEMSデバイスは,センサやアクチュエータのスイッチ等,多くのデバイスに使われている[Sumant et al., 2009].ここでモデル化するMEMSデバイスは,薄い可動の梁,固定電極の上に架けられた電極からなる.

固定電極と可動電極の間の電圧差が適用されると仮定する.その場合,可動電極は誘導表面電荷によって変形が引き起こされる.この変形はアクチュエーションまたはセンサ機能に使うことができる.変形と電位差の関係によってこのデバイスは結合された電気機械システムになる.

このモデルを解く従来の方法は一連の静電解析および機械解析を行うことであり,その各ステップで変形した梁の新しいメッシュが必要となる.シミュレーションは,変形が平衡状態に達するまで機械解析,静電解析,メッシュの更新が交互に行われる.これはかなり複雑なアプローチである.

ここでは,[Sumant et al., 2009]が提唱した,もっと簡単な別の方法を提示する.このアプローチでは静電解析は一度だけ行われ,2番目のステップで機械解析が行われる.これによって各ステップでのメッシュの再生成を避けることができるため,シミュレーション処理が速くなる.

著者たち[Sumant et al., 2009]は決定的な簡約化を行うことによって,良質のシミュレーションと結果のスピードアップの両方を獲得した.その簡約化とは,変形した形状の可動電極上の表面電荷密度を,変形していない形状の表面電荷密度と可動電極の変位に関して近似したというものである.こうすることで,メッシュの再生成なしで済ますことができる.

以下でモデル化して説明するのは,カンチレバーの直列スイッチであり,最も重要な周波数(RF) MEMSスイッチの1つである.このスイッチは,マイクロ波の平面伝送線路の一部である下の接地電極の上に架かる梁でできている.下の接地電極はシリコン基板の上に乗っている[Sumant et al., 2009].

カンチレバー直列スイッチの形状とコンポーネント.

スイッチが動作するためには,電極間に電圧差を適用なければならない.この電圧差と生成される電場によって電極の表面の表面電荷密度が誘発される.この表面電荷が両電極間の静電気力を引き起こす.下の電極は固定されているので,力によって変形するのは上の電極だけである.この新しい変形により表面電荷の分布が変化し,結果として可動の電極は新しい合成力によってさらに湾曲する.この過程は平衡状態に達するまで続く.

次のセクションでは,スイッチの可動電極の変形について解く方法を詳しく説明する[Sumant et al., 2009].

有限要素パッケージをロードする:

マルチフィジックス

この応用例には,静電モデルと構造力学モデルの2つの物理領域が関与している.この2つのモデル間の結合は一方向であり,電極の変形は静電圧のみに依存する.

静電圧 []は以下の方程式によって与えられる:

ここで は絶対誘電率(単位[]), は表面電荷密度(単位[])である.表面電荷密度は次で与えられる:

ここで は境界の単位法線であり, は電位 []の勾配である.

電場の強さが []で与えられるということと,線形構成関係 を使うと,表面電荷密度は電束密度 []で書き換えることができる:

ここで は電束密度の法線成分である.

方程式1は,導体表面では電場 と電束密度 は法線成分しか持たないということを言い換えている.したがって静電圧も電束密度の法線成分で表すことができる:

電束密度の法線成分 を計算するためには,電束密度の大きさを使うことができる:

導体表面には接線成分はないので,大きさは以下のように表すことができる:

よって静電圧は電束密度の大きさで書き換えることができる:

[Sumant et al., 2009]で言及されている提案されたメソッドは,変形した電極の可動電極上の電束密度は,変形していない電極上の電束密度および可動電極の更新された変位で近似することができるということに基づいている.

変形した形状の電荷密度と変形していない形状の可動電極上の電荷密度を関連付ける式は以下になる:

ここで []はアクチュエーションがない時の可動電極と固定電極の間の距離であり, []は 方向の位置 における可動電極の変位である.

方程式2は均質な誘電体を持つカンチレバーや支持梁を含むMEMSデバイス,およびこの例のように同じ長さの電極を持つデバイスに使える.方程式3の導出の詳細はSumant et al., 2009]に記載されている.

方程式4を使って電気機械解析を行うためには以下の手順に従う:

1.  まず,変形していない形状の静電モデルを解く.

2.  次に,可動電極について計算された電荷密度を使って力学モデルの荷重境界条件を計算し,方程式5を使って圧力 を計算する.

3.  構造力学モデルを構築し,可動電極の変形を計算する.

4.  可動電極の 方向の計算された変形を使って,方程式6を使って可動電極の境界上の電束密度を更新する.

5.  最後に収束するまでステップ2から4を繰り返す.各ステップで可動電極の変形は変化している.

静電気解析

次のセクションでは,線形静電方程式を使って静電気モデルを解き,モデルの電位分布 []を得る:

このモデルでは体積電荷密度 ゼロに設定される.

静電気領域

カンチレバー直列スイッチは,シリコン基板が含まれない次の形状をモデル化することで簡約できる.

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簡約されたカンチレバー直列スイッチの領域と次元.

可動の上の電極は長さが150 []で厚さが2 []である.下の電極は長さが50 [],厚さが2 []である.下の電極は,上の電極が固定されているところから100 []のところにある.2つの電極の間の距離は2 []である.

周囲領域の長さは350 [],高さは30 []である.

境界条件の指定は,手動で割り当てられる境界マーカーおよび点マーカーによる.自分たちのマーカーを利用するために,ToBoundaryMeshを使って手動で境界メッシュを生成する.マーカーおよびメッシュ内でのその使い方については「要素メッシュの生成」チュートリアルのセクション「マーカー」で詳述してある.

領域を指定するのに使う座標は,周囲領域の矩形の中心が原点であることに基づいて定義される.

モデルのスケールをメートルで定義する:
周囲領域の座標を定義する:
固定電極の座標を定義する:
可動電極の座標を定義する:

この形状の設定は,結果を[Sumant et al., 2009]で示されている結果と一致させるために使った.

周囲のボックスの境界,可動電極,固定電極はそれぞれマーカーを持つ.

境界マーカーを指定する:
境界メッシュを構築する:

静電モデルのシミュレーションを行う場合,領域内の金属や電極はすべて取り除かなければならない.静電環境における金属はどこでも同じ電位を持つため,体積領域ではなく境界として扱われる可能性があるからである.

規定のメッシュサイズの境界メッシュから完全メッシュを生成する:

より正確な結果を得るためにメッシュに最大セルサイズを適用した.

静電パラメータの設定

次のステップでは材料パラメータと静電方程式を設定する.定義しなければならない材料パラメータは,周囲領域の単位のない比誘電率 []だけである.[Sumant et al., 2009]では材料の指定はないが,体積電荷密度がないので,値が一定である限りどの比誘電率を選んでも結果には影響を及ぼさない.

変数とパラメータを設定する:
PDE成分を設定する:

境界条件

スイッチは,電極間に電圧差を適用することで動作する.可動電極の境界には電位 が適用され,固定電極の境界は接地電位 が設定される.外部境界も と設定される.

これらの条件はElectricPotentialConditionを使って指定することができる.ElectricPotentialConditionDirichletConditionとして動作するので,これらの境界条件を指定するのに使われるマーカーは点マーカーである.境界メッシュを構築する際に指定したマーカーは境界要素であり,点マーカーは境界マーカーからその値を継承する.

境界要素をそのマーカーと一緒に可視化する:
点要素マーカーの和集合を抽出する:
点要素とそのマーカーを可視化する:

マーカーは接地電位を指定するために使われ,マーカーは可動電極における電位を指定するために使われる.

接地電位条件を定義する:
可動電極における電位を定義する:

解と可視化

これで静電PDEモデル全体を設定したので,モデルを解く.

PDEを解く:
電位分布を可視化する:

この解から,電束密度の大きさは以下の方程式に従って計算される:

ここで絶対誘電率 は,相対誘電率 の電気定数 倍である.

電場の強さ を計算する:
電場の大きさを計算する:
電気定数を抽出する:
電束密度の大きさを計算する:

構造力学解析

このセクションでは「マルチフィジックス」セクションで言及したステップ2から5を実行する.

1.  力学モデルの荷重境界条件を定義する.

2.  可動電極の変形を計算する.

3.  可動電極の境界上の電束密度を更新する.

4.  収束するまでステップ2から4を繰り返す.

これらのスッテプにはすべて平面応力構造力学モデルが関わっている.構造力学では,平面応力関係の方程式7は薄い物体の変形を記述する.ここで「薄い」とは物体の他の次元と比較して薄いという意味である.2つの従属変数 はそれぞれ 方向と 方向の変形を表す.材料データとして,ヤング係数 []とポワソン比 []を指定する必要がある.

構造力学モデルの支配PDEとして, 方向と 方向の力の均衡を表す平衡方程式8が使われる.右側では が,物体に作用するすべての外部圧力をモデル化する.

このモデルでは,可動電極梁に適用される静電圧力だけが外部力である.この静電圧力は右辺のソース項として平面応力PDE(方程式9)に結合される.

領域

このシステムの中で可動電極だけが変形を受けるので,可動電極についてのみ構造力学解析を実行する.このメッシュも手動で構築し,境界条件も要素マーカーを使って指定する.

可動電極の境界メッシュを構築する:
境界メッシュを可視化する:
規定のメッシュサイズで完全メッシュを構築する:

構造力学パラメータの設定

モデルの固体力学部分の変数から定義する.

固体力学変数を定義する:

平面応力の場合としてデバイスをモデル化する.

方程式のモデル形式を定義する:

可動電極の力学的特性はヤング係数 []とポワソン比 []で与えられる.

ヤング係数とポワソン比を定義する.

このモデルは平面応力公式を使い,厚さ []が想定される.

厚さを定義する:
固体力学PDEを定義する:

境界条件

次に,可動電極に対する境界条件を定義する必要がある.可動電極の最初の境界は,SolidFixedConditionで実装された左側の固定条件である.この固定条件は,どこに条件を適用すればよいかを知るために点マーカーを使う.

点要素マーカーの和集合を抽出する:
メッシュの左側の点マーカーを可視化する:

SolidFixedConditionを指定するのに必要なマーカーは数である.

固体の固定境界条件を定義する:

次に適用する境界条件はSolidBoundaryLoadValueである.この境界は,電極が,誘発された表面電荷密度によって感じる圧力を指定する.圧力は固定された左側以外すべての電極の境界に及ぶ.方程式10および11に従って,ヘルパー関数 electrostaticPressure が圧力を計算する.

境界要素をそのマーカーとともに可視化する:

マーカー4の境界は固定された端である.マーカーは圧力境界条件と関連している.

静電圧力

このセクションではマルチフィジックスセクションで説明した詳細に基づいて electrostaticPressure の関数を定義する.静電圧力 []は以下の式で与えられる:

ここで は絶対誘電率, は電束密度である.

可動電極の最初の変位を計算した後,以下の方程式を使うと,計算された 方向の変位 を使って可動電極に沿った電束密度を更新することができる:

ここで []は作動していないときの可動電極と固定電極の間の距離, []は軸に沿った位置 での 方向の可動電極の変位である.

この関数が最初の変位計算で使われると,可動電極は変形せず となる.

electrostaticPressure という名前のヘルパー関数を作成して圧力を計算する:

ここで指定したSolidBoundaryLoadValue 方向の変位 の関数である.固体力学解析の最初の反復は変位がゼロの荷重境界条件を使い,次の反復では前の変形を考慮し始める,という風になる.

荷重境界条件を定義する:

さまざまな変位の入力に基づいて力学PDEを解く擬似パラメトリック関数を定義すると便利である.

パラメトリック関数を定義する:

このパラメトリック関数の設定にParametricNDSolveを使おうと考えるかもしれないが,このバージョンのWolfram言語ではParametricFunctionはパラメトリック引数としてInterpolatingFunctionオブジェクトの入力はサポートしていない.擬似パラメトリック関数 paramFun を定義すると簡単である.

ここで行うのは初期の0変位で力学系を解き,次の反復では解の 方向の成分を使うというものである.

変位ゼロを与える初期関数で力学PDEを解く:

収束を確かめるために,可動電極の 方向で最大変位を監視する.最後の2回の反復の最大変位が変化しなければ,系は平衡状態に達したことが分かる.このために最後の2つの最大変位の相対誤差を計算する.前の値が利用できないときはゼロに設定する.

前の最大変位を定義する.
最初のステップの最大変位を定義する:

これで電極の変形値がの精度で収束するまで,静電圧力が更新されてモデルが解かれる.

Whileループを使ってすべての反復を実行する:

カンチレバー梁の先端の最終的な最大変位は[Sumant et al., 2009]の図5(b)で示されている値と合致する.

最終的な最大変位を表示する:

可視化と後処理

最後に,変形した可動電極のミーゼス応力を計算してそれを可視化する.

変形メッシュを生成する:

変形をスケールに合わせてプロットするためには,"ScalingFactor"を1に設定する.

最終的なひずみを計算する:
最終的な応力を計算する:
ミーゼス応力を計算する:
変形した電極のミーゼス応力を計算する:
可動電極におけるミーゼス応力をDensityPlotで可視化する:

上の電極に働く固定条件と静電気力によってこの電極の曲がりが生じた.このプロットから,静電気力には誘引力があることが分かる.

もとの電極の位置に対して変形電極のミーゼス応力を可視化する:

可動電極の変位を増加させるためには,両電極間の電圧差を大きくすればよい.

用語集

参考文献

1.  Sumant, P. S., Aluru, N. R., & Cangellaris, A. C. (2009). A methodology for fast finite element modeling of electrostatically actuated MEMS. International journal for numerical methods in engineering, 77(13), 1789-1808.