吸湿膨張

固体は湿潤環境で水分子を吸収することができる.この蓄積により固体は膨張し応力およびひずみが結果的に増大することがある[1].この現象は工場,海軍用途,生物研究室などの環境で起こるため,その効果を調べるために正確にモデル化しなければならない.

この膨張は結果的に非弾性ひずみ になる.これは水分濃度とひずみのない参照設定の差である:

ここで は吸湿膨張を表し, は水分濃度, は水分参照値である.水分濃度は通常[]で記述され,物質輸送方程式で支配される.

水分子の吸収は制約条件次第で固体に2種類の効果を及ぼす.自由構造では変形を引き起こし,完全に固定された構造では応力を引き起こす.実際の構造では一般に部分的に制約されるだけなので,効果が混在する.

この応用例では,熱膨張と組み合された吸湿膨張をモデル化する方法を示す.

有限要素パッケージをロードする:

超弾性材料とマルチフィジックス

超弾性モノグラフで紹介したように,運動学的分解を介して有限弾性変形過程内でいくつかの現象を組み合せることが可能である.水分誘発応力は熱弾性変形過程と同様にモデル化することができ両方の効果を組み合せることもできる.

運動学的アプローチは変形勾配を弾性部分 と非弾性部分 に分けることから始める:

ここで は熱非弾性変形勾配 と吸湿非弾性変形勾配 による両方の非弾性寄与を含む.

熱非弾性変形勾配は熱弾性セクションで以下のように紹介してある:

ThermalInelasticDeformationGradientの実装:

熱非弾性変形勾配では,熱ひずみ関数の構築を利用することができる.

吸湿変形勾配は,以下のように吸湿膨張の係数を介した水分相対濃度と言われる:

吸湿ひずみを計算するために小さいヘルパー関数を書く.

HygroscopicInelasticDeformationGradientの実装:

全変形勾配 は参照設定を現行設定にマップする.しかし,各中間設定に対して異なる現象が記述される.現行設定には以下で定義される弾性変形勾配に重点を置いて記述された力学問題が含まれる.

平衡方程式を設定するためには,弾性ピオラ・キルヒホッフ応力 を参照設定に戻し,非弾性寄与[3]の要因にもなっている,第一種ピオラ・キルヒホッフ応力 を得る必要がある.詳細は「超弾性」モノグラフを参照のこと.

全変形勾配 は参照設定 を現行設定 にマップする.分解により2つの中間設定が導入される.吸湿非弾性変形勾配 にマップし,熱非弾性変形勾配は にマップする.最終的に弾性変形勾配 にマップする.

熱現象と拡散現象の両方が設定で記述される.物質輸送現象は拡散方程式を含む の中間設定で表され,熱過程は以下で記述される熱方程式を含む 設定で表される.

さらに引き戻し操作は,熱および拡散成分を参照設定にマップして,参照設定で完全結合PDEを解くために必要である.

吸湿非弾性変形勾配は参照設定を,物質拡散現象が記述される最初の中間設定 にマップする.固体領域の定常拡散方程式は以下になる:

ここで は水分濃度,は拡散係数, は物質の生成または消費速度を表す.拡散方程式の詳細は「物質輸送」モノグラフをご覧いただきたい.

拡散方程式が他のPDE集合とともに解かれるようにするためには,拡散方程式は同じ参照枠に入るように参照設定に引き戻されなければならない.これには発散演算子と勾配演算子の両方を引き戻す必要があり[2, pp 521],以下となる:

ここで は吸湿非弾性変形勾配,である.熱弾性結合については「超弾性」モノグラフで述べているが,ヤコビアンが発散の前にあり,このためにこの方程式は有限要素ソルバとして向かないものになっている.詳細は「偏微分方程式の係数形式」のセクションで説明してある.発散内部で を引き戻す必要があるが,これは発散内部で が持つ効果を補う別の項を加えることで行うことができる:

これは適切な係数形式であり,実装する方程式は次になる:

同様に,熱方程式も引き戻す必要がある.これは「超弾性」モノグラフで説明しており,同じ引き戻し操作に従っている.唯一異なる点は変位勾配であり,これは第2の中間設定を導いている.これは熱非弾性勾配というだけではなく,方程式(1)で記述されているように熱と吸湿の両方を含む,完全な非弾性変形勾配である.

したがってこれは実装する適切な係数形式であり実装する方程式は次になる:

以下では力学,熱,吸湿の拡散現象の結合の例を示す例を実装する.

ガスケットの応用例

ポリマーゴムは現代の産業で重要な役割を果たしている.この材料は,復元力,高度な変形能力と弾性応答,化学物質に対する抵抗力,生産の簡便性等の特性があるため,広範な分野で応用されている.しかしこの材料の中にも熱荷重および/または多湿環境にそれほどうまく応答しないものもある.

以下の例ではゴム状の材料で作られたガスケットを示す.ガスケットは2つの平板の間の空間を埋めるものであり,中範囲の温度と高い水分濃度に対処する産業用オーブンで使われている.平板は局所的水分濃度が非常に低い疎水性材料で作られている.また,平板はさまざまな温度に晒される.上の平板は垂直荷重にもさらされ,ガスケットの大きさと比べて大きい変形につながる.

主要な機械的荷重に加え,この材料はさまざまな温度範囲での多湿環境に晒される.異なる温度の平板は応力とひずみを大きくする熱変形を引き起こす可能性がある.また,システムの構造理由により,内部領域は湿気の非常に多い空気で満たされており,これは材料の吸湿変形に影響する可能性がある.

灰色で示されたゴム状材料で作られたガスケットは垂直荷重の対象となる.青で示された冷たい平板は下側に固定され,上部は茶色で示された熱い平板が乗せられる.これは機械的荷重と温度境界条件の両方を表している.内部領域は湿気の非常に高い空気で満たされており,ピンクで示された湿度境界条件を表す.対称であるため,問題は半分の領域だけで記述することができる.

領域

領域は対称であるためその半分をモデル化するので十分である.力学的対称条件を表すために,中央平面の水平方向の変位は で固定され垂直方向の変位は自由に動く.

下面は熱境界条件と力学的境界条件を表す.これは低い温度を表しゴムの垂直方向の変位を固定し水平方向の移動は可能である.それとは対照的に,上面は力学的荷重のある熱い表面を表す.そのうえ,この面は変位にリンクしているガスケットと強固に接着されている.このため,この平板はゴム状の材料に比べ非常に剛性の材料として記述される.

この平板は,構造条件のために水分濃度がゼロに近い疎水性材料で作られている一方,ピンクで示される内部境界には非常に高い水分密度 がある.

さまざまな現象が関わっているため,PDEはすべて空間位置によって異なる変位,温度,濃度の関数で表される.

固体力学と熱移動PDEの変数を宣言する:

幾何学的領域は10個の頂点を繋ぐ11の境界線で表される.変形可能なゴムと剛性の平板の2つの異なる領域は,領域マーカーで区別される.ElementMarkerの生成と使用法は「要素メッシュの生成」チュートリアルに記載してある.

幾何学的次元を定義する:
境界をメッシュにする:
ノード番号が付いた境界メッシュを可視化する:
別の領域をメッシュにする:
別の領域のあるメッシュを可視化する:

材料特性

次に材料特性を定義する.材料力学は微圧縮性ネオフック超弾性挙動として表される.

ゴム状ガスケット材料のネオフックモデルパラメータを設定する:
参照温度が []の熱パラメータを設定する:
拡散パラメータを設定する:

物質輸送

完全結合PDEを見る前に,水分吸収,それが力学に及ぼす影響,いかに物理特性が結合されるかを見てみよう.

前述の通り,物質収支方程式の従属変数は,位置で変化する化学種濃度 である.偏微分方程式(PDE)モデルは化学種が固体媒体中をどのように輸送されるかを記述する.まず拡散処理の調査を行う.

拡散記述のための材料パラメータを設定する:
境界条件に対する関心境界を表す条件を設定する:
内部領域に対する境界条件を設定する:
平板についての境界条件を設定する:
拡散PDEを解く:
水分濃度を可視化する:

平板への疎水性境界条件と内部の高濃度のため,水分は材料の厚さを右側に向かって広がっている.

つまり,水分拡散と力学モデルで誘発されたひずみを結合することによって,内側では比較的大きい膨張,平板付近では少ない影響が想定できる.

マルチフィジックス

材料内部の水分の影響を調べるために,次に完全結合熱水応力問題を示す.まずさまざまな減少を記述し,荷重乗数 を介して境界条件を徐々に大きくすることのできるパラメトリックソルバを使って3つの結合PDEを解く.

拡散

拡散記述のための材料パラメータを設定する:
内部領域の境界条件を設定する:

方程式(2)で導入したように,拡散方程式は引戻し操作と補償項を入れて書かれる.

吸湿非弾性変形勾配を設定する:
吸湿非弾性ヤコビアンと変形勾配の転置を設定する:
拡散補償項を設定する:
拡散方程式を設定する:
拡散PDE集合を設定する:

固体力学

力学的記述において,変位 を表す方程式を導入する.

力学的記述には底面への垂直変位制約条件,対称面への水平変位制約条件,上面の垂直荷重が含まれる.微圧縮性ネオフック材料モデルを使い,平板は変形可能なゴムの4倍の材料係数を持つ非常に硬い材料として表す.

力学的記述に対する材料パラメータを設定する:
最大荷重 を指定する:
牽引境界条件を設定する:
底面の変位条件を設定する:
変位対称条件を設定する:
力学的PDEを設定する:

方程式(3)で示したように,引戻し操作と補償項を含む,温度 を記述する熱方程式を導入する.温度についての境界条件は荷重乗数 で適用される.

温度境界条件を設定する:
熱非弾性変形勾配を設定する:
熱非弾性ヤコビアンと変形勾配の転置を設定する:
全非弾性変形勾配を設定する:
熱非弾性ヤコビアンと変形勾配の転置を設定する:
熱記述に対する材料パラメータを設定する:
補償項を設定する:
定常状態熱方程式を設定する:
力学的PDE集合を設定する:

最終的な結合されたPDEには力学的,熱,拡散の成分が含まれるので,解のベクトルには u[x,y]v[x,y]の両方の変位,温度 ,濃度 場が含まれる.

大域的変数を定義する:

ここでパラメトリックソルバを設定する.境界荷重値はすべて乗数パラメータ に接続されている.

パラメータ を持つ強制された境界条件のためのパラメトリック関数を作成する:

場合によっては従属変数の順序を見極めるためにNDSolveを助ける必要があることがある.これについては「有限要素法の使い方のヒント」で詳しく説明している.

パラメトリック関数を使うと,乗数 を0から1まで順を追ってゆっくり増加させることができるため,境界における垂直力,熱交換,水分濃度も増加させることができる.

乗数の最大値を設定する:
最初の解ベクトルのステップ数 nsteps を指定する:
荷重因子 が増加するときの解の進行状況を監視する:
変位の結果を抽出する:
温度の結果を抽出する:
拡散の結果を抽出する:
計算した変位に基づいた変形メッシュを生成する:
領域全体の変形境界を赤で,変形していない境界を黒で可視化する:
変形した物体の変形可能部分を赤で,変形していないオブジェクトを黒で可視化する:
変形したメッシュ上に温度場をマップする:
温度の結果を可視化する:
変形したメッシュ上に温度場をマップする:
水分濃度を可視化する:

後処理

解を得た後,関与する異なる現象が材料の応力とひずみにどのように影響を与えるかを調べるとおもしろい.

グリーン・ラグランジュひずみテンソル は全ひずみを表す.全コーシー・グリーンひずみテンソル は乗法分解によって,非弾性および弾性両方の変形処理の寄与を含む.

全ひずみを計算する:
全ひずみのいくつかの成分を可視化する:

全グリーン・ラグランジュひずみテンソル の式は以下で与えられる:

各コーシー・グリーンひずみテンソルは対応する変形勾配から計算され,グリーン・ラグランジュひずみテンソルは「超弾性」モノグラフで示されているように計算される.

非弾性コーシー・グリーンひずみテンソルを計算する:
非弾性熱グリーン・ラグランジュひずみテンソルを計算する:

次に熱ひずみ を計算する.非弾性熱変形勾配は温度 と荷重乗数 の関数として定義される.これらは実際の値で置き換える必要がある.材料は等方性ですべての対角成分が同じなので,熱ひずみの対角成分の一つを考えるだけで十分である.

熱ひずみを計算する:

変形のないメッシュと変形したメッシュの両方で温度の結果を置き換えることができるが,プロット領域もそれに応じて選ぶ必要がある.deformedTemperatureではdeformedMesh上でプロットしなければならない.

熱ひずみを可視化する:

吸湿ひずみの計算にも同じアプローチが使える.

非弾性コーシー・グリーンひずみテンソルを計算する:
非弾性熱グリーン・ラグランジュひずみテンソルを計算する:

吸湿ひずみ を計算して,水分濃度 と荷重乗数 を置き換えることができる.材料は等方性ですべての対角成分が同じなので,熱ひずみの対角成分の一つを考えるだけで十分である.

熱ひずみを計算する:
熱ひずみを可視化する:

非弾性コーシー・グリーンが熱寄与と吸湿寄与の両方を含む方程式(4)を反転して,弾性コーシー・グリーンを計算することができる.

非弾性コーシー・グリーンひずみテンソルのパラメータを置換する:

全コーシー・グリーンひずみテンソル を計算するために,について を解く:

全コーシー・グリーンひずみテンソル を計算する:
弾性コーシー・グリーンひずみテンソル を計算する:
弾性グリーン・ラグランジュひずみテンソル を計算する:
弾性ひずみ のいくつかの成分を可視化する:

最後に,変形によって引き起こされた材料内の応力の分布を計算する.

コーシー応力を計算する:

場合によっては応力テンソルの記号式が非常に複雑で,SymmetrizedArrayでは配列が対称かどうかが分からないことがある.そのような場合は応力テンソルの対称性を強制することができる.

コーシー応力を対称化する:
ミーゼス応力を計算する:

次に乗数 ,温度 ,水分濃度 を置き換える.式はもはや簡単な補間関数ではなく複合式である.これを変形のないメッシュ上で評価して一つの補間関数を構築する.

ミーゼス応力の結果を置き換えて,補間関数を構築する:
変形可能メッシュ上にミーゼス応力をマップする:
変形可能領域上でミーゼス応力(単位[kPa])を可視化する:

参考文献

1.  Weitsman, Y. J. Effects of Fluids on Polymeric Composites; Comprehensive Composite Materials. 2000. https://doi.org/10.1016/B0-08-042993-9/00068-1.

2.  Yosibash, Z. Weiss, D. Hartmann, S. (2014). High-order FEMs for thermo-hyperelasticity at finite strains. Computers and Mathematics with Applications, vol 67, pp. 477-496, https://doi.org/10.1016/j.camwa.2013.11.003

3.  Wriggers, P. Nonlinear finite element methods; Springer 2008