ディスクブレーキの熱分析と構造解析

はじめに

ブレーキシステムは通常1つのブレーキディスクと2つのブレーキパッドで構成されている.ブレーキを掛けると,ブレーキパッドがディスクに圧力を掛けて減速させる.この過程で,パッドとディスクの間の摩擦によって力学的エネルギーの熱エネルギーへの変換が起こる.その後このエネルギーはディスクの材料に消散され,温度分布 (単位は)の変化を引き起こす.この非一様のブレーキディスク内の温度分布が熱膨張による熱応力を誘発する[Adamowicz,2015].

このノートブックでは,ブレーキによって引き起こされる熱分布を計算するための過渡温度解析および準静的熱応力解析の例を示す.ディスクとブレーキパッドの形状は回転対称であり,軸対称分析が使われる.ここで示すモデルは周囲をブレーキパッドで覆われた簡約化されたディスクブレーキであり,[Adamowicz,2015]に基づくものである.回転対称であるという仮定は,ディスクがパッドの大きさと比較して素早く回転するということで保証される.

ブレーキディスクの横断面である黒い矩形領域を,回転軸である 軸について回転させると,以下の3Dモデル形状が得られる.

4.gif

ブレーキディスクの横断面である黒い矩形領域を,回転軸である 軸について回転させると,以下の3Dモデル形状が得られる.

有限要素パッケージをロードする:

マルチフィジックスモデル

この応用には,熱移動モデルと構造力学モデルの2つの物理領域が関わっている.この2つのモデルを結合することは一方向性である.ディスクの変形は温度にのみ依存するのである.このモデルでは,温度場の変形ディスクの影響は小さいため考慮しない.

この種の問題は順次的マルチフィジックスモデルと考えられ,2つのステップで解かれる.

まず,熱移動モデルを解いてディスクの温度分布 を得る.次に構造力学モデルを構築し,前に計算した温度分布を使っていくつかの解における熱応力を計算するというものである.

軸対称熱伝導方程式

熱移動の現象は熱方程式で記述されるが,この例では熱方程式の特殊形,軸対称形式で記述することができる.これは,領域と境界条件が 軸について回転対称であるため可能なのである.軸対称モデルを使うと,3D熱移動問題を解くよりも時間とメモリの両方についてコストが低くて済むという利点がある.

軸対称熱伝導方程式は以下で与えられる:

ここで は質量密度(単位は), は比熱容量(単位は ), は熱伝導率(単位は)である.

軸対称熱伝導方程式は,円筒座標の代りに独立変数を持つ2Dの切り取られた円筒座標系を使う.円筒座標変数 はシステムが 軸について回転対称なので消失する.

軸対称熱伝導方程式の詳細は熱移動モノグラフ熱方程式の特殊な場合に記載されている.

軸対称構造力学モデル

3D立体は 軸について回転対称なので,熱移動モデルと同様に,軸対称構造固体力学シミュレーションも実行することができる.3D直交モデルのように,変位はここでも と呼ばれるが, は半径方向 の変位, は角方向 の変位, は軸方向 の変位である.軸対称モデルの仮定は, 方向には変位がないということである.つまり,であり とは関係ないため,独立変数を持つ2Dの切頭円筒座標系が得られる.

したがって,構成方程式は以下で与えられる:

ここでひずみベクトルは以下で与えられる:

熱の影響を考えるために,以下のように構成方程式に初期ひずみ を入れる:

この場合, は熱ひずみを表し,以下で与えられる:

ここで は単位がの線形熱膨張係数(CLTE), は単位がの物体の温度,も単位がの参照温度でありこの温度では物体に熱ひずみはない.詳細は固体力学の「線形熱膨張」のセクションでご覧いただきたい.結果は以下のようになる:

軸対称の場合,平衡方程式が円筒座標系に適合されることも要求される.軸対称固体力学の近似についての詳細は固体力学の「軸対称」に記載されている.

領域

この場合,解析の領域は軸対称の形状,つまり回転体である.以下の図は矩形領域(ディスク)と2つのブレーキパッドのうちの一つのシミュレーション領域を示している(ディスク).

49.gif

以下では長さの単位はすべてメートルで与えられる.シミュレーションの設定はディスクとパッドで構成され,使用されるさまざまな対称性がある.その一つに 軸を中心とする回転対称性がある.これによりシミュレーション領域を環状ディスクに軸対称断面に対応する矩形領域にまで縮小することができる.2つ目の対称性はディスクの切断線で示される.通常ブレーキシステムは1つのディスクと,両側からそのディスクに作用する2つのブレーキパッドで構成される.2番目の対称性により,ディスクの厚さを半分にし,パッドを1つだけモデル化することが可能である.方程式は半分になったディスクで解き,パッドは境界条件としてモデル化される.

以下では長さの単位はすべてメートルで与えられる.例はディスク の厚さの半分(破線の切断線)および境界条件を介した1つのブレーキパッドPad 1の効果をモデル化する.この立体はディスクの内半径 と外半径 ,パッドの内半径 と外半径 ,ディスク の半分の厚さ,パッドの厚さ で記述される.

通常のブレーキシステムでは,ディスクの外半径 はパッドの外半径 より大きいが,[Adamowicz,2015]と一貫性を持たせるため,両方の外半径は等しいとする.最初のスケッチは,熱流がどの領域で発生するかも示している.

ディスクには ,パッドには を使って,形状のパラメータを指定する:

境界マーカーを利用するために,ToBoundaryMeshを使って手動でメッシュを生成する.その後これらのマーカーは形状の境界条件を設定するために使うことができる.マーカーを使った方が,各境界に対して定式を指定するよりも簡単である.これについては要素メッシュの生成のマーカーセクションで詳しく説明する.

シミュレーション領域の境界メッシュを設定する:
境界メッシュと境界マーカーを可視化する:

マークされたそれぞれの辺が,後ほど説明する境界条件の位置を決めるのに使われる.

規定のメッシュサイズで,境界メッシュから完全メッシュを作成する:

より正確な結果を得るために,メッシュに最大セル測定値が適用された.

2Dの軸対称熱伝導モデル

以下のセクションでは,熱伝導モデルを解いてディスクの温度場 のシミュレーションを行う.

パラメータの設定

次のステップでは,材料パラメータと2Dの軸対称過渡熱伝導方程式を設定する.[Adamowicz,2015]によれば,ディスクは鋳鉄ChNMKhで,パッドは陶性合金FMC-11でできている.ディスクの質量密度 (単位は),比熱容量 (単位は),熱伝導率 (単位は)を定義する.

後で境界条件を指定したときに,特性名から直接パラメータ値にアクセスできた方が便利なので,定義を分割する.

ディスクの材料パラメータを指定する:

次に実際の値を定義する.

材料の値を設定する:
初期条件を設定する:

関数HeatTransferPDEComponentを使うと熱移動方程式の軸対称形式が作成できる.そのためにはパラメータ"RegionSymmetry""Axisymmetric"に設定する.

PDEコンポーネントを設定する:

境界条件

前述の通り,方程式はディスク上でのみ解かれ,パッドは境界条件としてモデル化されるので,このモデルで定義する必要があるのは2つの境界条件である.

一つは,パッドが置かれる領域でパッドが発する熱流の原因となる熱流境界条件である.熱流は境界要素マーカー3でアクティブである.これはパッドの内半径 からパッドの外半径 までである.熱流は関数 で与えられる.これは,一定の初期角速度から停止までの一度のブレーキ過程で生成される熱流であり,[Adamowicz,2015]で記述されている.

二つ目の境界条件は,断熱条件であり境界要素マーカー1,2,4,5で示された境界でアクティブである.HeatInsulationValueはノイマン0値を生成する.これらは自然なデフォルトの境界条件なので,省略することができる.

それ以外では,要素マーカ―4の黄色い境界が,モデルをさらに拡張する後のセクションでは異なった使われ方をする.

熱流に関わるパッドの材料特性と運転パラメータを定義する:
ヘルパー関数を生成して,熱流の過渡値を計算する:
要素マーカー3の境界にHeatFluxValue境界条件を設定する:

モデル評価

後はNDSolveValueでPDEの数値解を計算するだけである.

シミュレーション終了時間を設定する:
方程式を解き,時間/メモリの使用量を監視する:

後処理と可視化

主要半径位置(ディスクとパッドの内半径と外半径)における,ブレーキ中のディスク の接触面の温度変化をプロットする.

主要半径位置の温度変化を抽出し,一つのプロットに可視化する:

結果のデータは[Adamowicz,2015]で示されているFig. 2.に匹敵する.

2D等高線プロットを作成する:

アニメーションの質を向上させる方法はこちらでご覧いただきたい.

におけるディスクの温度場をプロットする:

軸対称モデルの完全な3D解を可視化するためには,補間関数を適用してデータを3D領域で可視化することができる.つまりデータの回転プロットを作成するということである.

RegionPlot3Dを使って,pred が環状ディスクの方程式である三次元領域を示すプロットを作成する.

RegionPlot3Dを使って対称軸モデルの解を3Dで可視化する:

2Dの軸対称構造力学モデル

以下のセクションでは,構造力学モデルを構築して解き,熱で誘導される応力を示す.

パラメータの設定

まず,欠けている材料パラメータと2Dの軸対称固体力学PDE項を設定する.ディスクのヤング率 (単位は),ポワソン比 ,熱膨張係数 (単位は)を定義する.

ディスクの構造特性値を指定する:
熱応力ゼロの状態に対応する基準温度を指定する:

SolidMechanicsPDEComponent関数は,固体力学PDE項の軸対称形式を生成することができる.このためには pars のパラメータ"RegionSymmetry""Axisymmetric"に設定する必要があるが,これはすでに上でなされている.

"RegionSymmetry"設定を調べる:

ここで軸対称の場合は3Dの設定のように扱われる.これを利用するためには,独立変数 は従属変数の設定で0に設定される.しかし実際の計算は2Dで行われる.これにはいくつかの利点がある.1つ目は返される変位も の集合を持つことで,2つ目は応力とひずみの両方が 成分集合を持つことである.ベクトル値パラメータは3成分ベクトルとして指定される.

PDE成分を設定する:

境界条件

[Adamowicz,2015]によると,ディスクを持つ唯一の制約条件はディスクの底における 方向のゼロ変位である.それにもかかわらず,この制約条件はここで述べているように剛体運動を妨げるには不十分である.変位 に対する制約条件を指定しなければならない.

剛体運動を妨げるために,ディスクの左端で 方向にゼロ変位を指定する.

で変位条件を指定する:
で変位条件を指定する:

ディスク内の機械的負荷(重力等)は考慮に入れていない.

モデル評価

このモデルでは[Adamowicz,2015]のように構造的固体力学を解くために準静的アプローチを取る.準静的とは,温度分布解の希望の時間で定常状態固体力学方程式を解くことである.これは異なる時間で繰り返し行うことができる.

このタスクにはParametricNDSolveが使いたくなるかもしれないが,現行バージョンのWolfram言語のパラメトリック関数は非定数引数を取ることはできない.つまりNDSolveを使って,手動でパラメータを補間関数に置き換える必要があるのである.

以下の時間の点について解析を行う:
時間のリストの長さを得る:

関心のある時間のそれぞれにおいて新しい補間関数を作成した方が計算的に効率的である.これについてはこちらで詳しく述べる.

特定の時間 について温度のInterpolatingFunctionが作成できるようにする関数を作る:
異なる時間に対する補間関数を指定する:
構造力学PDEを指定し,記号的 を熱シミュレーション結果のに異なる時間で置き換える:
異なる構造力学モデルを解き,時間/メモリの使用量を監視する:

後処理と可視化

このシミュレーションの目的は,非一様の温度分布によって誘発される熱応力を見ることである.熱応力を得るためには,まず変位からひずみを計算してから応力をひずみから復元することができる.

各回の変位からひずみを計算する:
各回のひずみから応力を計算する:
半径方向応力を可視化する:

ミーゼス応力を計算することも可能である.

ミーゼス応力を計算する:
ミーゼス関数を抽出する:
ミーゼス応力の最小値・最大値を求める:
3.96 におけるミーゼス応力を可視化する:

最後に,もとのディスクと比較してディスクがどれだけ変位したかを示すための可視化を生成する.

固定したスケール因子10の変形物体のメッシュを作成する:
変形したディスク形状を赤で,もとのディスクの辺のフレームを黒で可視化する:

ここで示した結果が[Adamowicz,2015]の結果と異なるのは,半径方向の剛体運動を妨げるための制約条件をディスクの左端に加えたためである.

モデルの拡張

前のセクションでは簡単なディスクブレーキPDEモデルを紹介した.このセクションでは,より現実的なシミュレーションを可能にするために2つの点でモデルを拡張する.1つ目は材料パラメータが温度依存であること,2つ目は熱対流と熱放射を境界に適用することによって,ディスクの放熱をモデル化することである.

非線形材料パラメータ

ディスクの炭素含有量によって,密度と熱伝導率は温度上昇とともに減少する一方,熱容量は温度とともに上昇する.すべての特性について,簡単な線形モデルを使う.このために,簡単なデータ点を作成し,材料データへの線形フィットを求める.別のアプローチとして,材料係数として補間関数を使うというものがある.これでもよいが,補間関数を使ったアプローチよりもフィットを求めるアプローチの方が時間積分が速いという利点がある.記号的なフィットモデルは補間関数のルックアップと補間よりも効率的だからである.もちろんフィットに高次のモデルを使うこともできる.

線形モデルを作成する:
ディスク材料の熱伝導率の温度依存についての線形モデルを作成する:
ディスク材料の質量密度の温度依存についての線形モデルを作成する:
ディスク材料の熱容量の温度依存についての線形モデルを作成する:

対流境界条件と放射境界条件

2つ目の拡張は冷却メカニズムを加えることである.ここでは対流冷却と放射冷却を考える.

ここで取るモデリングアプローチは,ブレーキパッドで覆われない部分は,パッドの下の部分よりもわずかに大きい対流冷却を示すというものである.ディスクはパッドの大きさと比べて速く回転するので,両方の領域に同じ熱移動係数を使うことができる.

パッドのないディスクの対流冷却:
パッドのあるディスクの対流冷却:

ここで取るアプローチでは,ブレーキパッドで覆われていない部分には放射冷却がある.

覆われていない部分の放射冷却:

対照的にブレーキパッドで覆われる部分も,小さい放射率の放射冷却をモデル化する.

覆われた部分の放射冷却:
HeatFluxValue境界条件を設定する:

モデルの評価

方程式を解いて,時間/メモリの使用量を監視する:

可視化

数か所におけるブレーキ中のディスクの接触面 の温度変化をプロットし,それらが簡単なディスクブレーキPDEモデルとどの程度異なるかを見る.

温度変化を抽出し,破線で示された以前の値と比べる:

用語集

参考文献

1.  Adamowicz, A. (2015). Axisymmetric FE model to analysis of thermal stresses in a brake disk. Journal of Theoretical and Applied Mechanics (Poland), 53(2), 409420. https://doi.org/10.15632/jtam-pl.53.2.357