量子リング

はじめに

半導体量子ドット(QD) [Garcia, 2021]とは,のような2つ以上の半導体材料の結合から作られる構造であり,形状が100ナノメートル以下の次元になるように構成されている.QDを形成する半導体材料それぞれのエネルギーギャップが異なるため,三次元すべての方向で電子や正孔等の電荷キャリアの動きが制限され,実質的にQD内に閉じ込められる.QDは通常量子エネルギー準位等の原子と関連した特性を示す.このためQDは人工的に作られた原子と呼ばれることがある.QD内に閉じ込められた電荷キャリアの性質はシュレーディンガー(Schrödinger)方程式を解いて得られる波動関数によって記述される.

量子リング(QR)は,2003年にGranados et al. [Granados, 2003]によってはじめて作られたQDの種類である.QRは登場して以来,凝縮物質の多数の物理学者の関心を集めてきた.また,QRはレーザー[Cao, 2005],量子計算[Yu, 2008],単一光子放出[Gallardo, 2010]のような多数の応用分野で有益であることが証明されてきており,光電子工学[Fomin, 2014]等の他の応用分野でも期待できるものであることを示す研究もある.

多くの研究論文では,Xie [Xie, 2009]によるもののように著者は二次元量子リングを考えており,三次元の性質を考える人はほとんどいない.このことは,有限要素法がQRのような豊かな3D形状を持つQDのシュレーディンガー方程式を解くために持つ利点の一つを表している.

ここの例では,リングの材料と周囲 の結合によって作られる量子リングに閉じ込められる単一電子システムを考える.目的は光吸収,熱力学特性等のさらなる計算の出発点となり得る固有状態を見付けることである.

QR内部の電子は有限ステップの閉じ込めポテンシャルを受ける.つまり,リング内部ではポテンシャルは0でありリング外部では有限の一定ポテンシャルである.圧力と温度が標準状態では,アルミニウム濃度が のときQR外部のポテンシャルは256.8 meVである[Culchac, 2009].

8.gif

量子リングとその周囲の描写.ここでは ベクトルはシュレーディンガー方程式における電子の位置を表す.

電子や正孔等,結晶半導体内の電荷キャリアの挙動は,固体物理学の理論で記述される[Ashcroft, 1976].特にこれらの粒子の動きはバンド理論で説明される[Zawadzki, 2020].このコンテキストで電子質量に類似した量が定義される.これは有効質量と呼ばれ,粒子が結晶内で経験したすべての相互作用を考慮に入れて,結晶内の電子等,周期ポテンシャル内の粒子が外力にどのように反応するかを,説明するのに役立つ.これは多くの微妙な差異のあるトピックである.例として[Chang, 2014][Duque-Gomez, 2012]を参照のこと.

一般に,有効質量は位置および温度や圧力等の他の要因に依存することがある.この例では.最初のアプローチとして文献で広く使われている簡約化を使う.これは「小さい結晶運動量[Zawadzki, 2020]を持つ電子や正孔では,その有効質量は定数と考えられる」というものである.KohnとShamによって与えられた近似[Kohn-Sham, 1965]に従うと,結晶内で多数の相互作用があるため,どの電子も同じ平均ポテンシャルエネルギーを経験すると仮定することができる.そのため多数の電子問題を1電子のシュレーディンガー方程式に変換することができる.またエンベロープ関数近似[Harrison, 2005]を適用することもできる.これにより方程式1のような電子の波動関数についての時間非依存シュレーディンガー方程式を書くことができる.

電子の波動関数についての時間非依存シュレーディンガー方程式は以下で与えられる:

ここで は電子の有効質量を表す. の場合,は自由電子の質量である.また,この場合ポテンシャル はリング外部では,内部ではのポテンシャルエネルギーを定義する区分関数である.

パラメータ

リングの平均半径 ,幅 ,高さ ,境界半径 ,領域全体の高さ をナノメートルで定義する:

リングの寸法を指定する:
了解領域の寸法を指定する:

この例に使う形状パラメータは,正方形断面の量子リング[Hernandez, 2022]を考える同様の理論的研究から着想を得たものである.

領域

NDSolveのFEMパッケージをロードする.

有限要素パッケージをロードする:

リングについて1つの部分,境界領域について別の部分を作成する.

RegionDifferenceでリングの領域を作成し,領域全体をCylinderとする:

上の2つの領域の差分による領域を作成する.こうすることによって,後でリングをメッシュで定義する領域内部の空洞の部分を残す.

リングの領域と全体領域の差となる領域を定義する:
ToBoundaryMeshで領域から境界メッシュを作成する:

メッシュの生成に関しては,2つの異なる領域におけるメッシュ要素のサイズのの差を設定するための"RegionMarker"オプションと,リングもメッシュの一部となるように"RegionHoles"->None を使う.

ToElementMeshを使って境界メッシュからメッシュを生成する:

ハミルトニアンと閉じ込めポテンシャル

ポテンシャル

リング外部のポテンシャルエネルギーがで内部がである有限ステップポテンシャルを定義する.有限ポテンシャルの値はここでは単位なしで与えるが,ハミルトニアンを後で定義するときに単位を使う.

RegionMemberでメンバ関数を定義する:
Piecewise文とEvaluate関数でポテンシャルを定義する:

SetDelayed文は右辺を評価しないので,関数Vを呼び出すたびに ringMemberFunction を評価する必要がある.これだと微分方程式を解く効率が悪くなるため,Evaluate関数をポテンシャルの定義に使って全体のプロセスをより効率的にする.PDE係数の効率的な評価についての詳細は偏微分方程式係数の効率的な評価のセクション書かれている.

SliceContourPlot3Dを使ってポテンシャルを可視化する:

ハミルトニアン

まず有効質量と換算プランク定数を定義する.

換算プランク定数と有効質量を定義する:

次にQuantity関数を使ってポテンシャルの単位を指定する.形状の寸法はナノメートル単位なのでパラメータ"ScaleUnits"{"Meters"->"Nanometers"}と設定してすべての単位が一貫するようにする.

変数とパラメータをそれぞれvarsとparsで設定する:

次のステップではシュレーディンガーPDE成分を使って,すべてのPDE項を生成する.

SchrodingerPDEComponentを使ってハミルトニアン演算子を生成する:

境界条件

ディリクレ条件を1つ設定し,関心の対象である低エネルギー状態の電子の波動関数がリングから離れた距離ではに減衰するようにする.このためには,先に定義した領域の外境界において波動関数をに設定する.

DirichletCondition関数を使って境界条件を生成する:

固有値問題を解く

ここでNDEigensystemを使って,先に定義したハミルトニアン とメッシュを持つ固有値問題を解く.変数 enfuns はそれぞれエネルギー固有値および波動関数として定義される.

方程式を解き,必要な時間を測定する:

通常のラップトップで個の固有状態を見付けるためにかかる時間は分未満である.

可視化

固有値がどのようなものか見てみよう.

求められた固有値を見てみる:

固有値の単位を解釈するためには,SchrodingerPDEComponentが内部的にすべての単位をSI単位に変換することを述べておかなければならない.パラメータ pars"ScaleUnits"->{"Meters"->"Nanometers"}と指定すると,メートルの単位すべてがナノメートルに変換される.したがって,ミリ電子ボルトに戻すためには逆の手順を踏む.

エネルギーをミリ電子ボルトに変換し,5つの異なる数で示す:

これによると,2番目と3番目の固有値は基本的に数値的に等しいことが分かる.4番目と5番目の値についても同じことが言える.これらは縮退した固有状態なので納得できる.縮退した固有値は,量子リングの回転対称のようにシステムの形状が対称である場合に想定される.これは対応する確率密度を見ることによってより明確になる.

DensityPlot3Dでそれぞれの確率密度を可視化する:

2番目と3番目の状態の確率密度は基本的に同じであるが,上から見えるように 軸を中心に回転している.これは,状態と同様に状態が縮退部分空間を形成するためである.つまりこれらの状態のどの線形結合も有効な解を導くということである.

上から各関数と境界メッシュを可視化する:
状態4と5と同様に状態2と3の線形結合を 平面上で可視化する:

重要な特徴として,NDEigensystemを使うことによってすでに正規化された波動関数を得ることができるというものがある.

それぞれの状態に対する確率密度の積分を計算する:

等高線プロットを作成してそれぞれの固有関数を詳しく見ることもできる.

ContourPlot3Dを使って,異なる領域関数を持つ波動関数を可視化する:

磁場の相互作用

QDやQR等の低次元系に閉じ込められた粒子を記述する固有状態に対する外部磁場の影響は,[Jahan, 2018]や[Gutiérrez, 2010]等のいろいろな研究者によって考慮されてきたことである.これが関心領域となっている理由の一つに,磁場との相互作用がエネルギースペクトル,ひいてはナノ構造に閉じ込められた状態間の遷移エネルギーに大きく影響を及ぼす可能性があるというものがある.また,流束密度が増すにつれて,それぞれの状態に対する固有値の周期振動が観測できる.これはアハラノフ・ボーム(AB)振動という現象である.特にAB振動はスレッディング磁場の存在下に置かれたQRに囲まれた粒子に対して存在する[Fomin, 2018].このような理由により, 方向を指す外部の一定の磁場を考慮する.

通常,質量 の粒子対するハミルトニアン演算子は という形式を持つ.ここで は量子力学で と定義される運動量演算子である.一方,パイエルス置換[Luttinger, 1951][Peierls, 1997]に従うと,磁場が存在するとき,運動量は から に変化する.ここで は磁場のベクトルポテンシャルであり,磁束密度を として得ることができるように定義される.

したがって,ハミルトニアンは以下の形式を取る:

と展開することができるため,ハミルトニアンは方程式1の形式を取る.

これで の定義を適用し, を有効質量に, を電荷に置換すると,PDE演算子は以下の形式を得る.

磁場のベクトルポテンシャルの特徴の一つに,スカラー関数の勾配を加えることができるというものがある.例えば に加えて とできる. なので,これで同じ磁束密度になる.関数 はゲージ関数と呼ばれ,特定の および を選ぶことはゲージ固定と言われる.多くの場合,この選択によって,関わっている方程式の簡約につながることがある.この一般的な方法の一つに,クーロンのゲージ固定条件があり,で記述される.

この条件の正当化として,発散しても消滅しない,つまりである元のベクトルポテンシャルがあると仮定することができる.それからこれをスカラー関数の勾配に加えて とする.こうすることでクーロンの条件 が方程式 を導く.これはポワソン型の方程式であり,一意の解を持つ.したがって, は条件 を適用することで一意に決定される.つまり,クーロンのゲージ固定条件は曖昧さなしで常に適用できるということである.要約すると, の回転は によって指定されるが の発散は指定されないので, の発散は方程式を簡約するような方法(この場合)で設定することができるということである.

クーロンのゲージ固定条件を考慮すると,PDE演算子は方程式2に示すように書くことができる:

という条件を満足する磁場のベクトルポテンシャルを考える.ここで は位置ベクトルであり が真であることを保証する.ここでSchrodingerPDEComponentを使って,新しいPDE演算子を生成する.

磁束密度と磁場のベクトルポテンシャルを定義する:

SchrodingerPDEComponent の単位を正しく扱えることを確実にするためにQuantityMagnitudeを使う.

PDE演算子を生成することで,磁場のベクトルポテンシャルとSchrodingerPDEComponent関数のパラメータ引数の粒子の電荷が指定される.このようにしてPDEに2つのが追加される.

磁場のベクトルポテンシャルとともにSchrodingerPDEComponentの変数とパラメータを定義する:
SchrodingerPDEComponent演算子を定義する:

Activateを使ったのは,SchrodingerPDEComponentによって与えられたPDE演算子が方程式3とどのように一貫性があるかを示すためである.

磁場のベクトルポテンシャルに対するクーロンのゲージ は,特定の選択 で満足される.

の発散を調べる:

固有問題を解く

前と同じメッシュと境界条件を持つ固有問題を解いてみよう.

固有問題を解き,必要な時間を測定する:

可視化

磁場の存在により波動関数は複素数値になる.Abs関数を使ってプロットするためには,結果の補間関数の実部と虚部を分ける必要がある.

ContourPlot3Dを使って,RegionFunctionの確率密度を可視化する:

PDEが複素数値になったため,得られた固有値も複素数である.

得られた固有値を可視化し,それをミリ電子ボルトに変換する:

詳しく調べてみると,実部に比べて虚部が非常に小さいことが分かる.量子力学ではエネルギー固有値は常に実数数量であるという事実を考えると,これは数値的ノイズによるものと疑うこともできる.このため,NDEigensystemで得られた固有値の実部はエネルギーの固有値に対応する.

磁場が存在するときとしないときの固有値の実部を比較すると,状態と同様にも縮退しない.磁場が存在することで,磁場が存在しないときに見てきた固有値の縮退が排除されたと言える.

それぞれのアプローチで得られたエネルギー固有値間の差を取る:

磁場を変化させる

外部磁場がエネルギー固有値にどのような影響を与えるかを調べるために,各状態のエネルギーを磁束密度の関数として計算することができる.これはPDE演算子を再定義して,磁束密度のそれぞれの値についての固有問題を解くだけで行える.このために関数を定義する.

磁束密度の指定された値に対する5個の固有値のエネルギーを得るための関数を定義する:

次にTableを使って磁束密度の値の範囲に対するエネルギーを求める.

さまざまな磁束密度の値に対するエネルギーを求める:

これは長い計算になる.通常のラップトップで現行のメッシュを使うと約分かかる.

得られたデータをプロットする:

最後のグラフは,文献でよく引用されるエネルギー準位のAB振動を表している.重要な特徴の一つは, において磁場が存在しないときに見られる固有状態の縮退が,磁場の存在によって引き起こされるということである.エネルギー準位は磁束密度が増すにつれて分裂し始める.これはゼーマン効果と言われる.さらにグラフから,最低状態のエネルギーが 付近の点まで上昇し始めることが分かる.エネルギーはその後下降し始め 付近の点で再び戻ってくる.この振動は残りの状態についても存在する.例えば,次の状態のエネルギーは 付近まで下降し始め, 付近の点まで上昇し始めてから再び下降する.高い状態でも同様なパターンが存在する.

要するに,主な特徴は,磁場の存在だけにより固有状態はもう縮退しなくなるということである.

一方,グラフで言及するに値することとして,エネルギー準位における反交差と擬交差がある.例として,最初の2つの状態の固有値が非常に近くなりその後互いを避けているように見える 付近の点を取る.これは,磁場の強さと同様に摂動の強さが上昇するときに2つの固有値は交差しないという量子系の一般的な特徴である[Cohen-Tannaoudji, 1992].

外部磁場が波動関数に及ぼす影響を調べるために,磁束密度 のときの確率密度をプロットすることができる.この特定の磁場の値を選択した理由は後に明らかになる.

前の計算で磁束密度を変化させたステップを考慮して,磁場 に対する波動関数と固有値を得ることができる.

前の計算から固有関数を得る:
前の計算から固有値を得る:

この最後のエネルギーはNDEigensystemで提供される固有値の実部をミリ電子ボルトで表したものである.

ContourPlot3Dを使ってRegionFunctionを持つ確率密度を可視化する:

ここで気付くことがいくつかある.1つ目は,状態の波動関数は の磁束密度について前に計算した波動関数と比べて交換の役割を持つということである.これと同じことが状態についても言える.さらに状態の波動関数には場合の最初のつの状態には現れなかった形態がある.これを説明するためにはAB振動グラフを解析すると便利である.

取得したデータをGridLinesでプロットする:

AB振動パターンは,それぞれが状態を表す変位放物線の集合として考えることができる.このようにすると, において対応する波動関数を持った特定の固有状態のエネルギーが放物線に従って発達する. の場合,確率密度の形態は,最後の図から分かるように磁場がない場合と同じであり,固有状態の順序は の値と の場合では同じであることに気付く.逆に, の磁束密度の場合放物線は絡み合っており,その結果固有状態の順序は変化するため,先に記述した通り確率密度に反映される.さらに, の場合の状態は,放物線に従って の磁束密度の点まで遡ることができる.前のグラフで分かるように,その場合は状態に対応する.そのような訳で の場合の状態に対する確率密度の形態は前に調べた場合と異なるのである.

という特定の磁束密度を選んだ理由がこれで明らかになった. から までのどの値を見ても,グラフから分かるように,状態がどのように絡み合っていて,磁場があるせいで波動関数がどのように順序を入れ替えたかが分かる.

光吸収

一旦固有状態を計算すると,光吸収のような追加の特性を得ることができる.光吸収を計算するために, の磁束密度について得られた最初の2つの固有状態を考える.

磁場がない場合状態は縮退するので,光吸収の計算を行うために磁場の存在を考慮する.つまり実際の物理系はその2つの線形結合にあるからである.したがって,磁場の存在により固有状態の縮退が取り除かれるということを利用する.この場合,最初の2つの固有状態が縮退しないようにするためには, の磁束密度で十分である.

光吸収を計算する方法の一つに,密度行列の定式化と摂動理論に基づくKarabulut et al. [Karabulut, 2005]の手法に従うというものがある.どのように光との相互作用をモデル化するかに関する詳細は,Karabulutの論文[Karabulut, 2005]に書かれている.それから線形光吸収 の式,非線形光吸収 の式,全光吸収 の式を適用する.これらはそれぞれ以下の方程式2,3,4である.

ここで の透過性, はそれぞれ電気定数と比誘電率である.入射光の強さは で, はその周波数である.は系と環境の間の相互作用による,状態1と状態2の減衰時間の逆である.の状態のキャリア密度, は屈折率, は光の速さである. = として定義される電気双極子行列の成分である.ここで は電子の電荷であり, 座標を表す.これは入射光が偏光される方向でもある.は考慮する2つのエネルギーレベルの差分 である.

これで必要な数量の定義を始めることができる.

の単位を取り出し,電子の電荷を定義する:
電気双極子モーメント行列 = を定義する:

電気双極子行列の成分は単位[]を持つ.しかし形状と波動関数の長さの単位はナノメートルである.正しい単位にするために,上の積分に倍の単位を適用する. は対称である点に注意する.

他のパラメータを設定する.

光吸収を計算するために必要なパラメータを定義する:
単位なしでエネルギーの差分を定義する:

Xieの研究[Xie, 2009]で使われるたのと同様の強さを定義する.

の強さを定義する:
線形および非線形の吸収関数を定義する:

吸収をプロットするために, 軸がmeVになるように倍を使う.

吸収をプロットする:
電気双極子モーメント行列の成分を可視化する:
全吸収の最大値を求める共鳴周波数を計算する:

後のプロットでは,光吸収が遷移エネルギー 付近にピークを持つことが分かる.これは,系が基底状態を最初の励起状態に促進できるエネルギーを持つ光波をよりよく吸収できることを意味する.また,吸収がテラヘルツの範囲の周波数で最大になることも分かる.これは光電子工学におけるこの種のナノ構造を考える特徴の一つとなり得る.

可変有効質量モデルの拡張

先のアプローチでは,の量子リングの電子の有効質量を全体の領域で使った.この手法は多くの論文で使われているが,問題を解決するより適切な方法として,リングの部分と外側の部分の有効質量の差を考慮するというものがある.そこで,一般的にBenDaniel-Dukeのハミルトニアン[BenDaniel, 1966]として知られるものを定義する.

所望のPDE演算子を得るために,先に説明した運動量定義 から始める.ここでqは粒子の電荷である.さらにハミルトニアンをエルミートにするために,また3つの演算子の積がであるエルミート共軛とすると,方程式4の以下の形式を提案する:

ここでは演算子を表す.方程式5の積を拡張することで,方程式6が得られる:

これで有効質量 は位置の関数となるが各部分領域において一定である.したがって,有効質量は区分関数になる.

電子の質量を定義する:
有効質量を区分関数として再定義する:
有効質量関数を可視化する:

NDSolve位置依存のPDE係数を扱うことができる.行わなければならないのは,パラメータ pars の区分有効質量を使い,磁束密度と磁場のベクトルポテンシャルを再定義し,新しいハミルトニアンを生成することだけである.方程式は同じ形状とメッシュで前と同じように解く.

磁束密度と磁場のベクトルポテンシャルをを定義する:

デフォルトでは,BenDaniel-Duke形式の拡散項を持つハミルトニアンが生成される.

パラメータとハミルトニアンを再定義する:

境界条件は以前と同じままである.

先に指定した境界条件を調べる:
固有値とベクトルを求め,かかった時間を分の単位で測定する:
確率密度を可視化する:
エネルギーを正しい単位に変換する:

エネルギーは変化し,前より大きさが小さくなっている点に注意する.これをもっとはっきり見るために,各アプローチでのエネルギーの固有値をプロットすることができる.

エネルギーの固有値をプロットする:
各アプローチでのエネルギーの違いを計算する:
各アプローチでのエネルギーの違いをプロットする:

一定の有効質量のモデルに対する確率密度と,BenDaniel-Dukeアプローチにおける確率密度の差を調べてみよう.

それぞれのアプローチにおける確率密度の差を計算する:

これで吸収に何が起きたかを調べてみよう.

単位なしでエネルギーの差を定義する:
新しい波動関数に対して電気双極子モーメント行列 = を再定義する:
新しい電気双極子モーメント行列の成分を可視化する:
吸収をプロットする:
総吸収の最大値を求める調和周波数を計算する:
求められた周波数の単位をテラヘルツに変換する:

吸収は依然と同様に振る舞う.最大周波数は 近く変化した.吸収がどのように変化したかを比較するために,2つの結果をプロットする.

それぞれのアプローチからの異なる吸収係数をプロットする:
各アプローチからの異なる吸収係数をプロットする:
各アプローチからの異なる吸収係数をプロットする:

これらのグラフは吸収にそれほど大きな変化はないことを示している.それでも領域間の有効質量の差分を考慮した場合,吸収係数の最大値は小さくなり,周波数のピークでは小さい赤方へのシフトが見られる.

それぞれのアプローチについて2つの最大周波数の差を取る:

固有関数の変化を調べてみるのもおもしろい.各アプローチの波動関数のプロットを見ると,違いを見るのが難しい.したがって,一定の有効質量を考慮する固有状態と可変の有効質量を考慮する同じ固有状態の間の積の積分を計算する.

異なるアプローチによる解の間の積分を計算する:

積分は1に近い.これは与えられた固有状態の平方の積分の計算において想定される通りである.このことで固有関数があまり変化していないことが疑われる.また,両方のアプローチについての確率密度の差のプロットによると,確率密度の関数形式が同じままであることは明らかである.

結論として,エネルギー固有値の変化はかなりあり,基底状態のエネルギーの近いと言える.吸収のピークの位置および最大吸収値の変化は小さいが目立つ.そしてこの小さい変化は,固有関数を見ると説明できる.固有関数の値と関数形式はほぼ変化していなかった.つまり,電気双極子モーメント行列の成分にも大きな変化はなく,ここで使った吸収式の大部分を占めるということである.

この問題では,光吸収だけに興味がある場合はBenDaniel-Dukeハミルトニアンは使わなくてもよいかもしれないが,エネルギーを正確に計算する場合はモデルに加えることが必要になる.

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