管型反応器における放射効果

はじめに

化学反応器は化学工学処理の中核に位置する.化学反応が発生させられるのはこの反応器の中である.化学工学エンジニアは所望の産物が効率よく生成される反応器の設計に関心を持っている.

産業界では連続槽型反応器やバッチ反応器に加え,管型反応器もよく使われている.管型反応器は円筒パイプでできている.反応器内ではさまざまな反応が起こり,管型反応器のモデリングでは多数のアプローチを取ることができる.

管型反応器のモデリングで考慮することの一つに,反応器内の流れがある.従来,簡単にするためにプラグフローが想定されてきた.プラグフローは管型反応器の横断面全体で一定の速度であるとされる.断熱の場合,プラグフローでは温度等の放射要因を考慮する必要がないという利点があるため,この場合1Dモデルで十分である.

このノートブックではまず簡単な1Dのプラグフローに基づくモデルを紹介し,高度な2Dモデルへと移行する.

管型反応器は通常気相反応に使われるが,液相反応器も珍しくはない.この例では液相反応器を考える.

この管型反応器では,まずプラグフロー内で液相,発熱,不可逆の反応が起こってから,層流内で起こる.反応器内で起こる反応は,プロピレン・グリコールを作るための酸化プロピレン と水 の加水分解反応である.このプロセスは硫酸によって触媒作用を及ぼされると室温で起こる.この種の反応は,反応が過剰な水で引き起こされる場合,一次反応として近似することのできる発熱である[Fogler, 2016].一次反応は濃度を倍にすると産物も倍になるように,完全に濃度に依存する反応である.

化学反応を示す:

このノートブックは管型反応器における発熱反応をモデル化する方法を例示し,領域における化学種の濃度と温度分布を見る.

有限要素パッケージをロードする:

一次元断熱プラグフロー

プラグフローを使い,反応物A,B,結果の物質Cを持つ従来の管型反応器モデルを示す.反応器は 軸に沿って置かれている.

4.gif

この最初の例では,プラグフローで,断熱システムがあるものと想定している.断熱システムを想定するということは,冷却機構等を介してシステムに入ってくるエネルギーもシステムから出ていくエネルギーもないということである.この想定によって放射効果をすべて無視することができる.その結果モデルは1Dになる.

マルチフィジックスモデルの設定

この問題は複数の物理領域を考慮するので,マルチフィジックスモデルを構築する.最初のステップとして,関係のある物理領域を別々に見ていく.反応器内の温度場 と濃度場 について解くために,熱移動モデルと物質輸送モデルを設定する.

最初,反応器内の流速場の速度は,平均速度を表す以下の方程式によって与えられる 方向のプラグフロー速度によって近似される:

ここで は総流量であり は反応器の半径である.

最初のステップとして,1Dの定常状態熱移動モデルと物質輸送モデルを定義する.

熱移動モデル

熱移動モデルの温度場 について解くためには,熱方程式が使われる:

ここで は質量密度(単位は), は比熱容量(単位は), は流速(単位は), は熱伝導率(単位は), は熱源(単位は)である.

反応は発熱プロセスなので,反応によって発生した熱は熱源 によってモデル化される.熱源は化学反応速度 および反応熱 に依存する:

1Dの定常状態熱移動モデルを設定する:
物質輸送モデル

定常状態物質輸送モデルでは,反応器内の濃度場 は以下の方程式で記述される.

ここで は拡散係数(単位は)を表し, は流速, は反応速度である.

化学反応速度 は反応物濃度 と反応速度定数 に依存する.

消費反応の場合,反応速度 は負になる.

アレニウス方程式によると,反応速度 は温度依存である:

ここで は周波数係数(単位は), は活性化エネルギー(単位は[J/mol]), は気体定数(単位は)である.

標準的な反応定数の表記は であるが,この場合熱伝導率との混乱を避けるために代りに非標準のシンボル を使う.

1D定常状態物質輸送モデルを設定する:

パラメータ

モデル変数

の濃度を与える濃度変数 の他,種 の変換および種 の濃度も計算することができる.

の変換率は以下で与えられる:
の濃度を定義する:
材料パラメータ

反応器へのフィードは2つの流れでできている.一つは酸化プロピレンとメタノールの等体積溶液で,もう一つは0.1 wt%(重量パーセント)の硫酸を含む水である.管型反応器にフィードされる酸化プロピレンのモル流量は0.1 である.水は酸化プロピレンとメタノールよりも3.5倍大きい体積流量でフィードされる[Fogler, 2016].

提案されたマルチフィジックスモデルのどれを解くためにも,反応物と混合液の材料特性を指定する必要がある.

まず,それぞれの種の密度 ,熱容量 ,モル重量 を定義する.

酸化プロピレンの材料特性を短縮形のを使って設定する:
メタノールの材料特性を短縮形のを使って設定する:
流体媒体の材料特性を設定する:
酸化プロピレンの頻度因子 ,活性化エネルギー ,反応熱 を設定する:
体積流量を設定する:
入り口におけるモル と体積流量 を設定する:
総流量を設定する:
入り口における濃度を設定する:
混合液の熱伝導率と拡散係数を短縮形のを使って設定する:
気体定数 を設定する:
溶液の密度は,種の最初の濃度を使った加重和として定義される:
溶液の熱容量は,変数として の濃度を使った加重和として定義される:
平均速度を設定する:
さらに計算を進めるために,濃度の大きさが抽出される:
モデルパラメータ

マルチフィジックスモデルのパラメータを指定する.

反応速度 と熱源項 を設定する:
使用するパラメータを設定する:

領域

領域は管型反応器の主軸0から までの線で表すことができる.

形状のパラメータを指定する:
Lineプリミティブの1Dメッシュを作成する:

境界条件

流入口境界における温度と濃度の両方とも既知である.

MassConcentrationConditionを設定する:
HeatTemperatureCondition境界条件を設定する:

PDEモデルを解く

次のセクションでは,完全結合のマルチフィジックスモデルを解く.

モデルパラメータでマルチフィジックスPDEを指定する.

ここで示されているPDEモデルは非線形である.非線形PDEを解くためには,ソルバはソルバに対する初期シードが必要である.デフォルトの初期シードは各従属変数について0である.ここでモデルは式を含む反応速度を使うので,温度に対する0の初期シードは不可能である.解決策は簡単である.初期シードの値をと設定するのである.これで濃度 はなく,反応器の温度は流入口の温度であるとされる.

1Dの結合PDEモデルを解き,使用される合計時間およびメモリを監視する.

放射効果がないことを検証する.

温度分布を可視化する.
流入口,中間部,流出口における温度変化を可視化する:

モデルの拡張

ここで提示する2つ目の管型反応器モデルは,追加で周囲に冷却ジャケットを装備している.温度は冷却ジャケットから反応器の中心までさまざまなので,冷却ジャケットによって放射効果が導入される.濃度は温度にも関係するので,濃度も放射効果が期待される.

放射効果を考えるためには,円筒座標を使った2Dモデルを利用することが必要である.モデルはz軸について回転対称で,円筒座標変数 が消失するためである.

放射効果は冷却ジャケットがあることで存在するので,層流も考えることができる.放射効果は,層流があるとさらに大きくなる.そのような訳で,層流場は放物線形式なのである.壁の冷却ジャケットと,円筒中心と比較すると遅い壁の流速を考えると,層流は放射効果を大きくする.ここで示すモデルは[Fogler, 2016]に基づくものであり,通常非断熱層流モデルとして知られる.

マルチフィジックスモデルの設定

反応器内の流速は, 方向の速度 がゼロであると仮定して,以下の方程式で与えられる 方向の層流速度によって近似される.

層流速度を設定する:
が層流を表すことを検証する:
熱移動モデル

軸対称定常状態熱移動モデルでは,温度分布 は以下の方程式で記述される.

HeatTransferPDEComponent関数は,熱移動方程式の軸対称形式を生成することができる.このためにパラメータ"RegionSymmetry""Axisymmetric"に設定する.

2D軸対称定常状態熱移動モデルを設定する:
物質輸送モデル

軸対称定常状態物質輸送モデルでは,反応器内の濃度場 は以下の方程式で記述される.

MassTransportPDEComponent関数は物質輸送方程式の軸対称形式を生成することができる.このためにパラメータ"RegionSymmetry""Axisymmetric"に設定する.

2D軸対称定常状態物質輸送モデルを設定する:

パラメータ

パラメータとモデル変数は に依存するので,これらを再定義する.

の変換は以下で与えられる:
の濃度を定義する:
反応速度 と熱源項 を設定する:
使用するパラメータを設定する:

領域

化学反応は長さ1,半径0.2の管型反応器の内部で起こる.反応器は 軸について回転対称であるという特性があるので,形状は 平面で反応器の横断面を表す2Dの矩形で近似することができる.以下のスケッチはシミュレーション領域を示す.

102.gif

良い結果を得るためには,反応器の流入口と流出口付近および反応器の壁に細かい格子を設定する必要がある.これはToGradedMeshを使って行える.

Lineプリミティブから2つのグレードの1Dメッシュを生成する:
完全な2Dメッシュを生成する:
メッシュの一部を可視化する:

メッシュが上から下にかけて,左から右にかけて細かくなっているのが分かる.

境界条件

このマルチフィジックスシミュレーションには,熱移動モデルと物質輸送モデルが含まれているので,それぞれの物理モードに対する境界条件をそれぞれ設定する.

熱移動境界条件

熱移動モデルにはそれぞれの境界に対して1つの,4つのタイプの境界条件が関わっている.

流入口ではHeatTemperatureConditionがフィードされる2つの流れが混じることで生成される熱によって引き起こされる即座の温度上昇をモデル化する.流入口の温度は312 に設定する.

HeatTemperatureCondition境界条件を設定する:

反応器の壁 には対流境界条件がある.これは反応器と冷却ジャケットの間の熱の交換をモデル化する.熱移動係数は1300であり,冷却ジャケットの温度は277 である.

HeatTransferValue境界条件を設定する:

流出口では流出境界条件が適用され,対称線では対称境界条件が設定される.流出境界条件と対称境界条件はどちらもノイマンの零条件なので,これ以上の設定なしで暗示的に適用される.

物質輸送境界条件

物質輸送モデルに関わる境界条件は,それぞれの境界に1つずつで4つのタイプがある.

流入口では,種 の濃度は に固定される.

MassConcentrationConditionを設定する:

では種の質量流束はゼロに想定されており,不浸透性境界条件でモデル化される.

MassImpermeableBoundaryValueを設定する:

流出口境界条件および対称境界条件はそれぞれ流出口と対称軸に適用される.しかしこれらはノイマンのゼロ条件なので,これ以上の設定なしで暗示的に適用される.

PDEモデルを解く

以下のセクションでは完全結合のマルチフィジックスモデルを解く.

完全結合の熱移動・物質輸送モデルを定義する:

ここで初期シードの値をに設定する.これは の濃度がなく,反応器の温度が冷却ジャケットの温度であることを想定する.

完全結合のPDEモデルを解き,使用される合計時間とメモリを監視する:

可視化

反応器の過程における温度の効果を見るために,反応器の温度プロファイルと変換プロファイルの横断面を可視化することができる.

可視化に使うことができる,種 の変換の別の定義
温度と変換の分布を可視化する:

軸対称モデルの完全な3D解を可視化するために,補間関数を適用して3D領域のデータを可視化する.つまりデータ革命をするのである.

RegionPlot3Dを使って,pred が円筒の方程式となっている3D領域を示すプロットを作成する.

RegionPlot3Dを使って,3Dの軸対称モデルにおける種 の濃度を可視化する:

放射効果の詳細を見るために,反応器のいろいろな場所(流入口,中央部,流出口)からの変化を抽出することができる.

3ヶ所での温度および変換の変化を抽出し,1つのプロットに可視化する:

用語集

参考文献

1.  Fogler, H.S. Elements of Chemical Reaction Engineering, 5th Edition, Prentice-Hall Inc., New Jersey. (2016).